大台ヶ原山 尾鷲道 その5 木組峠〜腰森〜墓の峠
オチウチ越の古道で、木組峠から尾鷲・相賀への最短ルートであり、最も短時間で済むが、地形図の道の記載が長らく誤っていたので忘れられていた。しかし道型は近世のものがはっきりと残っており歩くことが出来る。
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木組峠の鞍部からまっすぐ南に尾根線上に掘り込まれた道型がある。掘り込まれた道型は最高点の手前から左(東)に逸れて滑らかに東へ延びる尾根線上に上がる。
殆ど水平の尾根上を東に450mほど進むと、緩い小さなコブの手前から右手(南側)に緩やかに下り始める道型がある。尾根上には更に東へ目印のテープと踏み跡が続くが、道型に合わせて南へ入る。
道型は広い尾根の中を細かくうねりながら下る。標高にして50mほど下ると植林に入り、下草が少ない斜面に何度か切り替えられたらしい掘り込まれた道型が何本か平行したり交差したりしているのが見える。
左の方にそれて尾根が細くなってくると道型は収斂する。150mほど水平に進んだ先で急峻な尾根道となる。細い尾根線上に細かく折れて掘り込まれた道型があり、標高にして100mほど下る。尾根の傾斜が緩むと小さな鞍部で、古い地形図ではこの鞍部から左(東)に折れて谷の中を不動谷支流に下りていたようだが、この谷は密度が高い若木の植林で谷の中に間伐材が詰まっており荒れていて歩きにくく、谷筋で道型もあったのどうかどうもよくわからない。目印テープと新しい踏み跡は更に尾根上を南に延びているが、栃山林道の末端が尾根の鼻を回り込んでいる所で行き止まりのようになっている。
行き止まり状の尾根末端の左(東)側は栃山林道の法面工事で崖になっており下りられないが、右(西)側は疎林の緩斜面で簡単に栃山林道へ下りられる。
昔の地形図では先の鞍部から谷地形を下りて不動谷の支流に下りてから右岸を928m二股まで辿るように道が描かれていたので、すぐ先の栃山林道終点から928m二股まで右岸の斜面を下りてみたが、道型は見つけられなかった。928m二股まで急峻な斜面である。右岸が急峻な斜面なので、栃山林道より上と同じように尾根線上に道があったかと栃山林道まで尾根線を登り返してみたが、道型は見つけられなかった。栃山林道終点から谷の右岸沿いに上に踏み跡があり、先の鞍部から下りてくる所には道が下りてきていたように見えるがどうもはっきりしない。踏み跡は更に上に延びており、1184標高点の辺りに登る作業道なのかもしれない。
このルートは明治20(1887)年の松浦武四郎が歩いて紀行「丁亥前記」を残しており、928m二股右股は「腰森」と書かれる谷か沢の名であるようである。左股が「不動」で不動谷本流である。
木組峠から南へ 掘り込み道 |
尾根上の道型 |
急斜面を下る道型 |
栃山林道終点直上の道型 |
尾根の鼻から地蔵峠を見る |
栃山林道終点 |
928m二股の右岸にははっきりした道がある。不動谷の上側は940m二股まではっきりした道型が右岸に続いているが、それより上ははっきりしない。下側へは180mほど下った処で炭釜の見える左岸に渡り、更に180mほど下った谷筋が曲がる所に飯場の跡があって、飯場跡の対岸から墓の峠に上がる道と、更に150mほど下って緩い尾根の鼻を回り込む所から緩い尾根に乗って墓の峠に上がる道があり、すぐ上でまた合流している。不動谷本流左岸には更に下に道型が延びているがどこまで下りられるのかは未確認。不動谷の渡渉はどこも穏やかで水は少なく、大雨の後でもなければ飛び石で靴を濡らすことなく渡れると思う。
飯場跡からの二つの道が合流する所は尾根上の十字路になっていて、東へのトラバース道はすぐ先でヤブで不明瞭になっている。多分今の栃山林道のもう少し東にある土場の所に続いていたのだと思う。十字路から僅かに尾根上を登ると栃山林道のヘアピンカーブの所で、右に入って栃山林道を上ると、すぐ上の尾根を乗り越す手前の左側に「地蔵さん」と書かれた小さな板があり、刈り分け道が林道の左側に上がって、林道の尾根乗越のすぐ東の所の大木の下に道しるべ地蔵尊がある。ここがオチウチ越と龍辻越の追分で、「墓の峠」である。
推定腰森 |
対岸に渡って推定腰森出合 左が不動本流、右が推定腰森 |
不動谷右岸は 出合より奥へも道 |
不動谷右岸の道 |
不動谷渡渉 |
渡渉した所の炭釜 |
飯場跡 |
飯場跡前の渡渉 |
対岸から飯場跡を見る |
飯場跡下手の渡渉 不動谷下流側に石垣が続く |
十字路を東に入る トラバース道は細い |
栃山林道に出て 振り返る |
参考文献
磯永和貴,江戸幕府撰大和国絵図の現存状況と管見した図の性格について,pp1-14,16,奈良県立民俗博物館研究紀要,奈良県立民俗博物館,1999.
玉井定時,奈良市教育委員会文化財課,里程大和国著聞記(玉井家文書庁中漫録20),奈良県立図書情報館.
松浦武四郎,松浦孫太,佐藤貞夫,松浦武四郎大台紀行集,松浦武四郎記念館,2003.
松浦武四郎,吉田武三,松浦武四郎紀行集(中),冨山房,1975.
大北聰彦,宮川水源泝行大臺ヶ原山登山記,pp567-580・附録pp12-25,7(3),山岳,日本山岳会,1912.
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