壮瞥町道の駅
「そうべつ情報館(アイ)」より(右)

有珠山
大有珠(733m)
有珠新山(667.3m)
小有珠(552m)
四十三山(251.5m)等

 壮瞥エコミュージアム友の会主催の登山学習会に参加して登ってきた。北海道のみならず世界的にも有名な日本有数の活火山である。

 有珠山はまだ立ち入り規制区域が広く設定されている。専門家の同行の元、ヘルメットをかぶっての登山学習会である。現在は有珠山ロープウェイ山頂駅から南外輪を経て有珠地区につながる登山道は開放されている。北外輪、大有珠・有珠新山・小有珠などの外輪山の内側と北側は規制区域内である。火山活動の沈静化と整備が進めば、今回使われたルートは遊歩道として開放される可能性もあると言う。


北外輪から見下ろす洞爺湖温泉街・奥は昆布岳
北外輪は有珠新山の1977-82年噴火で溶岩が
カルデラ内側に上昇することで北側に約200m
押しやられて不安定さが増したため
外輪山斜面には多くの砂防工事が施されている

北外輪から見た洞爺湖中島と羊蹄山
湖岸の街は洞爺湖温泉とほとんど同じ泉源だが
自治体が異なるため壮瞥温泉と呼ばれている
中島の山々もまた溶岩ドームである
手前は四十三山(明治新山)でこれも潜在ドーム

大有珠山頂から室蘭岳方面を望む
右の尖塔の裏側にロープウェイの山頂駅がある
尖塔はかつての土瓶の口とは無関係
駒ケ岳・恵山も見え、Volcano Bay を実感する

大有珠山頂の岩塔群
1977年の噴火から年月が経ちずいぶん崩れたと言う
大有珠溶岩ドーム誕生は1853年と言われる
この岩の色は「灰青色」と表現されている

大有珠山頂の岩塔群
「普段見下ろされるばかりの
ウィンザーホテル(サミット会場)も
ここに登ると見下ろせる」
と地元の参加者の声があった
ホテルの標高は約620m ここより100mほど低い

見下ろす昭和新山
ロープウェイ山頂駅から
見下ろすより
高度感がある
後ろの緑に覆われた屋根山にも
溶岩ドームが隠れている


有珠山は砂防の実験場であった
土石流を予防するため山肌にはキルティングのように
砂防工事がなされている
隙間はキツネやウサギの巣になっているという
ただテトラポッドが場違いに
露出してしまっているのはここのみだという

大有珠方面から見た有珠新山
1977年の噴火で新しく形成された山
山肌には砂防工事の土留めの線が密に浮き出ている
これから植生に覆われると目立たなくなるのだろうか
左寄りの二列の斜めの筋は
グラーベン(地割れの一種)らしい

有珠新山の稜線
北側は緩斜面で草原となっているが
南側は今も崩れつつある砂礫で草付がハングしている
緩斜面にも地割れによる段差がある
有珠新山は潜在ドームで溶岩は露出していない

小有珠を有珠新山から見下ろす
小有珠は1977年の活動以来
50m以上沈降していると言う
昔はもっと鋭く聳えていたそうだ
沈降して最早海岸からは見えない

銀沼火口を有珠新山から見下ろす
南外輪の一部も見える
すっかり荒地だが1977年噴火以前は
緑に囲まれた牧場だったという

有珠新山から西山を見下ろす
西山火口で名が知られた西山であるが
山の中央部に火口はない
西山火口遊歩道はこの裏側の山麓 海が近い
西山はその開析の進み具合から
寄生火山ではなく有珠外輪山と同時期の火山とされる

I-火口
現在、有珠山で最も活発な火口とされる
小有珠の麓にある

キクバクワガタ
1977年には火山灰で覆われたであろうこの地にも
高山植物と呼ばれる花が再生していた
他にミヤマハタザオも在来種として咲いていた
有珠新山へ
 大有珠と小有珠の間にあった小さな潜在溶岩ドーム・オガリ山は有珠新山生成時に南北に分断され、北半分は有珠新山の一部となり200m持ち上がった。

 オガリ山の中にあった潜在ドームはその際に三つに割れ、中央のものは有珠新山の南斜面に露出している。

有珠新山の三角点
 有珠新山命名時は既に昭和新山があった為、モメたらしい。

★小有珠


小有珠溶岩ドーム
最高点は火山砕屑物の丘だがすぐ横に
溶岩がそのまま固まったピークがある
赤い色は昭和新山と同じ色だが
粘土が焼かれた昭和新山とは
岩の成分が異なりマグマそのもの

I-火口の火山ガス噴出の一つ
安山岩質の火山で毒は弱め(でも毒)
この日は192℃だった

小有珠誕生は1663年と言われ
大有珠より古い


何らかの火山活動の結果とのことだが
詳細は不明
地面の下にもこうした空洞が
発達している恐れがある

銀沼火口の温泉の湧出

有珠山の地図

有珠山南外輪登山道の地図★南外輪登山道

登山日・・・2007年6月2日
所要時間・・・山頂駅-30分-東屋-45分-登山口
五万図・・・「虻田」
アプローチ・・・JR室蘭本線有珠駅から登山口まで平坦な道を2.3km、道央道のガードをくぐると登山口。

 ロープウェイ山頂駅から南外輪を経て有珠地区への登山道は一般開放されている。南外輪登山道は地形図に記載されている作業道(自動車が通れる幅・ゲートあり)とは別にあり、傾斜も緩く歩きやすい道。6月にはベニバナイチヤクソウとヤマツツジの美しい道だ。

 登山口から砂防ダムの横を通り、何度か舗装道路を横断してから山道となる。沢沿いの涼しげな地形だが水は無い。途中で2本の水平作業道を横断する。二本目の作業道の後は樹高が下がり、草原状になって見晴らしが利いてきて海岸が見えるようになり、時折地面から湯気が上がるのを目にするようになるとまもなく外輪山。外輪山を左へ行くと有珠善光寺の奥の院(再建)で行き止まりで、右は観測施設と東屋があり、ロープウェイ山頂駅につながっている。道の両側は草地で展望があり湯気がプスプスと立ち上り、1977年の噴火の際の白骨樹が並んでいる。崩壊地の目の前で一旦、階段で外輪山の内側に下り、長い長い階段でロープウェイ山頂駅のある台地へ登る。登り切った先はかなり整備されたロープウェイの園地のような遊歩道になっている。すぐロープウェイ山頂駅に着く。昭和新山まで下りる道はない。ロープウェイに乗らなければバス停もある昭和新山駐車場には下りられない。


ロープウェイ山頂駅付近から見上げる大有珠

山頂駅園地展望台から銀沼火口

登山道 下の方

南外輪の道

銀沼火口

西山火口散策路(遊歩道)

 2000年噴火の人間生活への影響を目の当たりにすることが出来る。たわんで池になった国道、へし曲げられ押しつぶされた家屋、火口、小規模ながらまだ吹き上がる蒸気と地熱・裸地・枯れ木、少しだけ自分の足で歩くところがまた良い。そして次第に植物に覆われ山河あり、草木深しに近付いていく姿。より短時間に済ませるなら金毘羅火口遊歩道へ。洞爺駅と洞爺湖を結ぶバス路線の西山火口バス停が最寄り。北口から南口まで30分程度。南口は給食センター前バス停が最寄りだが、洞爺駅までそのまま下り坂を歩いても30分程度。(下の写真は2007年9月)


道路が窪んで池になった

枕木の敷かれた歩道
西山火口散策路の地図

噴気もまだ上がる

押しつぶされた建物

四十三山(明治新山)

 遊歩道が洞爺湖温泉街から山頂を経て壮瞥温泉につながっている。途中には昔の火口の縁を歩く箇所や、まだ残る噴気孔がある。噴気孔の周りは虫の声が大きい。地熱で通年繁殖しているのかもしれない。山頂には展望台があるが葉の茂る時期は展望台の上でもちょっと遮られる。春と秋がよさげ。丸い敷石はちょっと歩きにくい。しかし全部敷かれているわけではない。西山山麓火口歩道と合わせて100年間のタイムスリップが可能。所要1時間くらい。100年の森林浴の道。火山回道と名づけられている。(2008年6月)


洞爺湖温泉側入口

丸い石の道

噴気孔

ノイバラが多い

火山回道の標識

山頂展望台
四十三山(明治新山)の地図

金比羅火口遊歩道(散策路)

 洞爺湖温泉街から西山火口遊歩道北口へ2000年噴火で開いた「有くん火口・珠ちゃん火口」を経て歩く約40分のルート。有くん火口のエメラルドグリーン(光次第で或いはターコイズブルー)が美しい。一時間に一本程度のバスで温泉街に戻ってくることや、西山火口のバス停から下ってくるように歩くこと、そのまま西山火口遊歩道へ繋ぐことも出来る。温泉街に隣接する災害遺跡のみでも見る価値あり。将来は四十三山の火山回道とともに北海道自然歩道の一部となるらしい。(2008年9月)


金比羅火口災害遺跡

珠ちゃん火口

有くん火口

作業道に出ると
温泉街を見下ろす

有珠山も見える

この標識が目印

噴火後の地図と道

噴火前の地図に当てはめると


★その他、有珠山周辺立ち寄りどころ



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(2008年6月2日上梓 14日山名考・地図追加 2014年4月16日山名考分割)