夕張山地の中岳の位置の地図夕張山地の中岳(1493m)=鉾ヶ峰

 芦別岳のすぐ北西に位置する後芦別山列の鋭峰。後芦別山列の中では最も高く、裏から芦別岳を眺められる。中天狗やシューパロ岳のような石灰岩の山でお花畑があるかと期待して登ったが、ハイマツに覆われてお花畑はなさそうだった。山頂直下の角度が急なのがやや危険である。それにしてもこれほど派手な山の名がただ「中岳」というのはあまりに芸のないネーミングだと思う。昔の地質図に「鉾ヶ峰」の名があった。新しい資料では殆ど中岳のようだが、鉾ヶ峰の方がかっこいい。


 夕張山地主稜線上、御茶々岳南方の1202mコルまでは御茶々岳の記事参照。ここまで残雪の時期には十八線川からでも、芦別岳旧道からユーフレ小屋経由でも登って来れるが、十八線川の方が奥まで車で入れるて、芦別岳旧道のような高巻きがないので早い。

中岳の地図 往路は芦別岳旧道の尾根を夫婦岩の真西のコルまで辿って、そこから中岳への稜線の高度の下がる地点までトラバースした。結果としては復路に使った稜線の北側に広がる窪地を含んだ平坦地を歩く方が早かった。

 夫婦岩の真西コルの西側には、青い粘土が雪解け水を含んで吹きだしていた裸地があった。

 中岳の手前の三つのこぶのうち、真ん中がヤセ尾根で岩塔を含んでいるのでいるので北側を巻く。北側に気持ちだけ地すべりか棚状になっていた。また、このコブは中岳側から見るとヤセ尾根と岩塔を含んでいることは見えない。


真ん中のコブ
やせている

 この3つのコブのうち、一番手前のコブから見た中岳の斜面は殆ど垂直に見え、一時、怯んでここで今回は終わりにしようと思ったが、行動食を食べて少し元気が出たので取り付きまで行ってみることにした。

 取り付いてみると登る分には何とかなるので登ることにした。

 中岳取り付きは真ん中の雪のつながっている幅10m以外は、下で10m以上の崖になっていて、途中で転ぶと宙を飛ぶことになるので、ピッケルを刺して一歩一歩、梯子を登るようにキックステップで行く。急傾斜の硬雪なので、足を抜くと膝が雪面につっかえてしまう。


真ん中のコブの
下手から見た中岳

 最後に10分ほどハイマツを漕いで山頂に到着。山頂は東西に双耳峰になっており、西の方が高い。座って休むことは出来るがテントを張る広さもない。四方を見下ろしてみて西稜からならもしかしたら登れるかもしれないと感じた。

 天気は霞が濃くて、楽しみにしていた崕山はよく見えなかった。芦別岳と南喜岳が信じられないほどに巨大でファインダーに入りきらない。小天狗と中天狗の斜面が惣芦別川に落ちる様子は縦じま模様だ。

 南方には夕張マッターホルンが見えると思いきや、1457mシューパロ岳がダークホース的存在感である。しかしその吊尾根(?)は苦難を極めそうだ。中岳も結構大変だったが、次に登りたいと思ったシューパロ岳が更に大変そうで、眺めながら戸惑いを感じる。


手前のコブから見た
芦別岳と南喜岳

手前のコブから見た
シューパロ岳

 下りは前向きが恐ろしいので殆どバックのキックステップで降りた。40分もかかってしまった。斜面は上に凸に膨らんでいるので、かなり恐い。

 帰りは稜線の北側の標高1120m辺りの、地図上では池のある平坦地を行った。西側の2つと一番東の窪地は地形図通りに無雪期は池があるかもしれないが、東から2番めのもう1つはダケカンバ林になっていて池ではなさそうだ。往路に使えば中岳を正面に見て穏やかな散歩気分で行けそうだ。この地形は蛇紋岩の地すべりによるものでないかと思っていたが、地質図を見るとこの辺りは輝緑凝灰岩(禄色岩)である。先に述べた青い粘土も蛇紋粘土かと思っていたが、蛇紋粘土・蛇紋岩ではなく輝緑凝灰岩と、その変化した粘土質の緑泥岩による地すべりだったのかもしれない(地質はよく分かっていないので怪しい)。

 御茶々の南のコルの西側はアカエゾマツの若木の植林になっており、こんな高い所の稜線まで植林したのかと驚いた。つまり、昔は夕張山地主稜線まで作業道がつけられていたと言うことか。


御茶々岳と帰路の平坦地

芦別岳山頂から見た中岳
(2000年5月)
鞍部から少し下がって
写真中央左寄りの浅い谷から
残雪を繋げば楽だったかもしれない

★山名考


山頂までの
ルート

 一原有徳(1974)は「夕張マッターホルンは天狗岳と呼ぶ山でないか」としているが、中天狗、小天狗と隣接する位置と、その高さの順序から考えて天狗岳或いは大天狗は、夕張マッターホルンでなく中岳と考えるのが適当のように思われる。惣芦別川の林道にかかる橋の名に「天狗」の字が入っていることが多いのも、シュウパロ川筋の夕張マッターホルンが天狗岳ではないと言うことではないだろうか。

 一原有徳(1974)は、中岳を「ソーアシベツ岳」としている。坂本直行(1935)が現在の中岳を「ソーアシベツ岳」と呼ぶことを提案しており、これに依ったものかと思われるが、芦別岳のすぐ横に「小芦別岳」と聞こえかねない山名の別の山があるのは紛らわしいのではないかと思う。

 一方、五万分一地形図「幾春別岳図幅」の惣芦別川右岸にある「芦別市」の「別」の字のすぐ下にある三角点(924.5m)の名前が「惣芦別」である。それとは別に八谷和彦(2002)は「惣芦別岳」を三角点「惣芦別」の惣芦別川南対岸にある1019m峰の名としている。

大きい写真

参考文献
橋本亘,5万分の1地質図幅説明書 山部(札幌-第16号),北海道開発庁,1953.
一原有徳,小さな頂,茗溪堂,1974.
坂本直行,夕張岳と芦別岳,pp71-77(21-27),2(2),山,梓書房,1935.
八谷和彦,ガイドブックにない北海道の山50,八谷和彦,2002.



トップページへ

 資料室へ 
(2003年5月8日上梓)