御茶々岳の位置の地図御茶々岳(1331m)

 夕張山地の芦別岳北隣の山。初めて登った頃は地形図に標高が示されておらず、一般向けに広まり始めたハンディGPSで個人的に測定してみると1347mと出た。しかし平成14年から1331mと言う値が記入されるようになった。山頂は外野の高まった小さなホームベースのようになっていて火口を思わせるが構造山地なので火山ではない。


お茶々岳広域地図 十八線西四号の突き当たりは蛍橋という。すぐ北に古自動車屑の堆積があり、入山地の目印になる。その横から入っていく。

 温水池を越して十八線川左岸の林道を辿る。しばらくは牧草地の中、そのうち川には床固工が連続している。林道は小さなアップダウンを繰り返し、正面に松籟山の鋭い姿を仰ぎ見ながらのラッセルとなる。谷は広く樹木も多く、側方からの雪崩も少なさそうだ。

お茶々岳の地図 標高470mで整備された林道は終わり、作業道となる。標高490m付近の二又で右岸に橋で渡り、雪でふさがっている左股に沿って登っていく。沢筋は非常に広い感じで、起伏があってゆるく大きなナメ滝を登っているような感じである。下りは楽しい。詰めは槙柏山とのコルに出るが最低鞍部ではなく右寄りを取り、御茶々岳南東面直登沢に入ってしまうつもり登った方がよいだろう。最低鞍部の夫婦谷側は急斜面でヤブが出ていて歩きづらそうなので1100mを超えてから夫婦谷に入った方が斜面が緩くて良い。御茶々岳南東面直登沢側も1100m辺りまで緩やかで移動しやすい。

 夫婦谷側に出ると夫婦岩が素晴らしく望まれる。そこまでの登りは「昔のクライマーは冬の夫婦岩に登る為だけにこんなラッセルをしたのか!何とマゾなこと!」と感じるつらいものだが、この景色を見ればそんな思いも吹き飛ぶ。それにスキーが出来るなら下りの楽しみもあるのだ。


18線川コルから見た
芦別岳夫婦岩

 御茶々岳の南東面直登沢は、ユーフレ本谷ほどではないが急なので深雪の時は夫婦谷に入り、トラバースして主稜線を北上して御茶々岳に登る方が楽だろう。夫婦谷の地形は緩やかでトラバースに歩きにくさはない。しかし、春は御茶々岳南面からのブロック雪崩に注意を要する。主稜線の芦別(西)側はアカエゾマツの植林になっている。

 主稜線に出ると、最後の登りもそこそこ急だが、風で雪が硬くなっているので登りやすい。ヤブをつかみながらだったので、スキーなら外した方が良いかもしれない。時期が遅いと雪がない可能性もある。その時は適当に西斜面に入ると良いと思う。

 雪が十分ざらめになっているなら、御茶々岳南東面直登沢をそのままキックステップで詰めていくと山頂の直下に出ることができる。雪の量は、吹きだまっていて主稜線より多く、遅い時期ならこちらの方が使えるだろう。下りは気持ちよくグリセードが出来る。この沢の詰めは夏でも簡単そうだが下流の沢筋が迷走している部分が問題となりそうだ。


南面直登沢と山頂

 山頂はふんわりとした感じで、西側よりも東側の方が高い。中間は平らな窪地になっていて、少しの風なら避けられる。展望はGood。北海の槍と言われる芦別岳と、富良野盆地を隔てた十勝岳連峰が素晴らしい。また、北東斜面から北方の松籟山にかけては広大なスロープが広がり、スキーで下りていきたくなる気分だが下の方がどうなっているかは知らない。

 山頂では山の名に因んでお茶を点てたいところだが、時間が遅かったり風が強かったりでまだ果たせていない。お泊りは御茶々岳北方の極楽平がおすすめ。平らで適度なアカエゾマツの林で静かで寛げる。


★山名考

 昭和30年代のガイドブックでの名は「お茶岳」であった。アイヌ語のチャチャ(老爺)に由来するとされているのを見たが、以前が「お茶岳」ならcaca[おじいさん]は考えられない。地名アイヌ語小辞典には国後島と知床半島のチャチャヌプリ(爺爺岳・羅臼岳)をcaca-nupuri[じじい・山]として「大昔から崇拝して親しんで来た山」とあるが、アイヌ語のcaca[おじいさん]と言う言葉は敬意を含んでいないという。御茶々も違うが、チャチャヌプリもおじいさんとは関係なかった音の転訛でなかったかという気がする。

 「お茶」とはルチャru ca[道・の口]の転訛で十八線川を指し、「お茶岳」とはその水源の「岳」と言うことではなかったかと考える。アイヌ語のu は日本語のウに比べてもっと口の奥の方で発音するのでウとオの中間のように聞こえることが多いという。

 空知川を遡ってきて、十四線川までは峰を越えても空知川に戻ってしまう尻岸馬内川に出、尻岸馬内川からもう一つ尾根を越えたとしても空知川と向きの大して変わらないサキペンベツ川に出るに止まるが、十八線川から越えると西に向かって流れる惣芦別川に出るので富良野盆地から三笠・岩見沢などの石狩川下流域方面へ向かうのに空知川本流を下るより大幅な短縮となる。「お茶」が「御茶々」になったのは、ルチャチャ〔ru ca〕 ca[道・の口・の端(はた)]で、ru caの傍ということで新たに山の名前ということになったのではないかと考える。但し、十八線川から御茶々岳の北側の極楽平へ登るのは谷筋が急峻のようなので、南側の槙柏山の鞍部を抜けて夫婦沢上部から惣芦別川へ越えることが多かったのではないかと考えてみる。

 十八線川は下方でユーフレ川と合流している。ユーフレ川はリーフルなど似た音で色々な記録がある。ユーフレ川の名も同義のru-par[道の・口]の転訛と考える(或いはru paro[道・の口]か)。y とr は音感の近似から相通が考えられる。ユーフレ川の最上流は現在は芦別岳本谷とされることが多いが、昔は現在の夫婦沢のことだったという。十八線川を使う人もユーフレ川〜夫婦沢を使う人もいて、同じ意味の別の呼び方があり、訛り方が色々あるほど幅広い人々に用いられたルートであったのではないかと考える。

参考文献
札幌山岳クラブ,北海道の山々(マウンテンガイドブックシリーズ39),朋文堂,1960.
一原有徳,北海道の山(アルパイン・ガイド11),山と渓谷社,1962.
渡辺隆,山の履歴簿 第2巻 北海道中央部,北海道出版企画センター,2015.
知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.
金田一京助,増補 國語音韻論,刀江書院,1935.



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(2003年5月7日上梓 2017年5月3日山名考追加)