北大雪の屏風岳(1792m)九滝の沢

 屏風岳は層雲峡の渓谷をはさんで大雪山の東にそびえる登山道のない山。黒岳や銀泉台から眺めると三角形のピラミダルな姿がニセカウや武利武華より近いために大きく見える。その割には注目もされず登る人も少ない。北の有明山や白滝天狗から眺めても独自の存在感を誇っている。

 九滝の沢は技術的に難しい所もなく、規模も距離も面白さもお手頃の良い沢だ。


九滝の沢の地図1
九滝の沢の地図2

 九滝の沢は国土地理院の地図ではニセイチャロマップ第一川となっている。はじめの堰が見えている出合は、樹林下にガレが堆積していて2001年の時点では快適なテン場であった。

 出合の堰をまず左から越える。続いて見た目が激しい割には簡単に登れるF1、さらに右からよじ登る第二の堰と狭い沢の中を立て続けに登るが、これで以降に恐れをなしてはいけない。次のF2を越えてしまえばあとは快活な雰囲気である。

 F2はゴルジュ状の先にかかっていて手が出ないのではじめから右岸のヤブを高巻く。F2から上は清潔感のある河畔林の中のせせらぎを行く。F3は丸太のかかった高い直瀑だが滝の右脇を簡単に登れる。

 F3の上はしばらく狭い河原で増水したら危なそうだ。河原は先で次第に明るく開けて来、屏風岳が望めるようになってくる。太い流木が散在している。

 図の登り推奨ルートの沢(左股)は、河原の出合からしばらくは柳の流倒木の詰まった猛烈なヤブで、出合からしてわかりにくく歩きにくい。九滝の沢でこの分かりにくさが一番難所かもしれない。1040mの二股を右に入ると傾斜がかかってきて、しばらくは狭いガレ沢だが、小さな滝から現れ始める。滝はいずれも細く、登り易いが登り応えのある滝で気持ちが良い。

 滝場が終り、水が細くなると周りはお花畑となり山頂を目指す。詰めは笹薮だが丈は低く、漕ぐというよりは押し分けて登る感じで済む。上の方にハイマツが見えており、笹薮が終わったらあの中を漕ぐのか、とゲンナリするもハイマツは山頂稜線に一列に生えているだけで、ハイマツにたどり着いたらほとんどフィニッシュである。


山頂から表大雪を望む


大雪ダムから見た屏風岳



黒岳5合目から見た屏風岳

 稜線には多数の鹿道が網の目のように張り巡らされている。眺望は高さの変わらない稜線が層雲峡方向にまっすぐ伸びていることもあって、層雲峡の崖の下まですっきりと見渡すわけにはいかないが、表大雪はキラキラ光っていた。

 下山は図の点線のように、少し南への尾根をヤブの中を下りてから九滝の沢本流を目指す方が傾斜が多少緩まるので良いだろう。この枝沢は傾斜はきついが一直線で下まで見通せ、全部ガレで埋まっていて、側方から落石の危険はあるが、人間が落ちる心配はまずない。

 本流に下り立ってしまえばあとは滝が現れても下りで全く問題ない。木をつかんだり、階段状の所を下りたり、気持ちよく歩いて帰れる。日帰りコースである。


★山名考

 屏風岳の呼称は植物学者・小泉秀雄が1918年に雑誌「山岳」に寄せた「北海道中央高地の地学的研究」の中に「新称」として登場する。「霊山碧水峡(現在の層雲峡)の東南に屏風の如く連立」と書いているが、屏風岳は大雪湖や黒岳から見ると三角錘で、ニセイカウッシュッペ山から見ると台形だが屏風や連立と言うほどには広がっていない。やや難のあるネーミングではなかったかと思う。

 当時はまだ山をよく知るアイヌも残っていたはずだ。そういうアイヌに聞き取りをするなり相談するなりして、屏風岳に当たる山の名を発表して欲しかった気がする。アイヌは和人ほどには山に名前をつけることに執着しないようだが、明治以降の和人の山に名前をつける志向が流入してからなら、それなりの山であるだけに何か名があったか、アイヌとしても何か名前をつけてもよいというようなことになったのではないかと思う。

参考文献
旭川山岳会・新得山岳会,大雪山連峰,日本登山大系1 北海道・東北の山,柏瀬祐之・岩崎元郎・小泉弘,1997.
小泉秀雄,北海道中央高地の地学的研究,pp205-452,12(2・3),山岳,日本山岳会,1918.



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(2003年6月22日上梓)