舎羅林山(264.5m) 平野駅・一の鳥居駅から
舎羅林山は地籍では山頂一帯と東西南斜面の殆どが東多田に含まれる。平野や東畦野の山ではないということになるが、平野駅から登るのが早い。
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能勢電鉄平野駅から協立温泉病院を北から回り込むとスペイン坂である。テラロッサを思わせる赤い舗装道路に白壁の南欧風のおしゃれな住宅街を登るが急坂である。車道は最後に角を左に曲がって突き当たりとなるが、角の所から直進する階段を登って野道となる。平坦な尾根を進むと、十字路の踏み跡がある。右の南からは篠ヶ谷からの道である。左の北はスペイン坂の中ほどから左に入る枝道の奥から山道となる旧道である。
平野駅から協立温泉病院の駐車場を突っ切った奥が篠ヶ谷で谷沿いに踏み跡があり、左股に入るとスペイン坂の上の十字路に出る。右股にも路盤があるが途中で荒れてほぼ行き止まりである。元は右股の右股から岡本寺の墓地の尾根に上がっていたようだが、掘り込まれた路盤に倒木が詰まって歩きにくい。右股の左股と左股の右寄りの奥はマウンテンバイクのダウンヒルのコースとされているようで、歩道としては行き止まりである。
十字路の先から左手に山の斜面をトラバースで登っていく。標高150mの北の尾根を乗り越す所で、北の尾根(ナタヶ尾)上を登ってきた古い道型と合流する。掘り込まれた道型なので古い道だったのだと思う。更に斜面を登ると舎羅林山西尾根の上の五叉路である。岡本寺方面から登ってきた一本の谷道と二本の尾根道と合流し、左折して山頂へ向かう。
![]() スペイン坂、右へ |
![]() 階段上の登山口 |
![]() 北斜面を登る |
![]() 五叉路に出る |
尾根の北側はフェンスがあって荒れた雰囲気である。緩やかに登っていくと道が分かれており、左に入ると展望大岩がある。右は展望大岩を巻く。展望大岩は舎羅林山で最も展望の良い所で、大きな白い露岩である。特に北側と西側がきれいに見える。南側は樹木に遮られてあまり見えない。
展望大岩を過ぎると尾根の上に送電線の鉄塔があり、鉄塔の直下は十字路になっている。十字路の右も左も送電線の巡視路のようである。右へ下りると舎羅林山住宅開発地へ、左へ下ると御中道を経て東多田方面へ下る。
鉄塔の十字路を過ぎるともう一つ舎羅林山住宅開発地へ下る分岐がある。これを過ぎて本格的な登りとなるが山頂までの距離はもう短い。山頂は大きな白い岩が幾つかあるが、樹林に覆われて展望は畦野方面が僅かに見える他はあまり無い。
![]() 北側のフェンスに 沿って登る |
![]() 展望大岩に 着く |
![]() 北東側の展望 開発地と高代寺山 |
![]() 北西側の展望 猪名川町方面 |
![]() 山頂に色々ある妙見山と 舎羅林山住宅開発地 |
![]() 新名神 アップ |
![]() 西方 大船山 |
![]() 天台山と 舎羅林山住宅開発地 |
![]() 東側、送電線越しに 舎羅林山山頂 |
![]() 展望大岩を後に 鞍部の鉄塔をくぐる |
![]() 岩の多い 山頂に着く |
![]() 山頂から 畦野方面を見る |
岡本寺の駐車場の奥に古い獣除けネットに設けられた出入口の枠だけがあり、そこから入る。ネットは距離をおいて山の中の方に移されたようだ。枠をくぐると道が分岐しており、左に入る。右はパッチ池へ向かう。
池ノ谷の水流を跨いで左に入ると小さく尾根を回り込む。回り込む左上に獣ゲートがあり、このゲートをくぐると尾根道。回り込んで岡本寺の墓地の見える小僧谷に入ると谷道である。小僧谷に入ってすぐの右に枝谷があり踏み跡が付いて先にゲートが見えているが、ゲートの奥はほぼ行き止まりである。岡本寺墓地の上の辺りで獣除けネットの出入口をくぐる。出入口の先で左の枝谷から墓地の上の尾根に上がる分岐があり、この辺りは地元の子どもの遊び場として整備されているようである。池などがある小僧谷本谷沿いを進むと標高120m辺りの谷の中にT字路がある。右折して尾根を越えるとパッチ池上手の射撃場跡の下に出る。尾根に上がった所にはコンクリの建物があり、左折すると小僧谷の上の方から西尾根の五叉路に上がる。小僧谷の上の方に入らず尾根から北上して五叉路に上がる踏み跡もあるが途中が荒れている。T字路を左折して尾根に上がると墓地の尾根から五叉路に出る。
五叉路でスペイン坂からの道と合わさって山頂へ向かう。
![]() 岡本寺駐車場奥ゲート |
![]() コンクリ建物 |
![]() 小僧谷を登る |
岡本寺の駐車場から右手の薄暗い下奥池の堰堤を伝って池ノ谷に入る。下奥池まで南側の住宅街からも入れる。薄暗い池ノ谷左岸を進むとパッチ池の堰堤下に出て堰堤上のアスファルト道に上がる。嘗てパッチ池の奥にあったクレー射撃場へのアプローチ路である。パッチ池の堰堤上には南側の住宅街から直接も入れる。パッチ池は奥池ともされる。パッチ池の名は二股になっている池の様がズボン下(パッチ)に例えられたという。
パッチ池の奥でアスファルト舗装が終わり傾斜が掛かる。クレー射撃場のあった池ノ谷の左股は笹ヶ谷である。車道幅の道が二股になっていて右がクレー射撃場跡へ、左は岡本寺奥の尾根上鞍部のコンクリの建物の所に車道幅のまま繋がっているが、鞍部直前の辺りが山崩れで荒れている。右の車道幅の道が左にU字を描いて曲がるのを道なり行くとクレー射撃場跡だが、U字の底から右手に入る山道がある。今は山道状だが山道ではなかったようで、一登りした所にコンクリ造り鉄骨の遺物がある。更にトラバースする道を東進すると多田東小学校からの道にだだ広い尾根上で合流する。
以降は多田駅・伏尾台からの頁の多田東小からを参照。
![]() 池ノ谷沿いの 道 |
![]() パッチ池堰堤南側の 住宅街車道終点 |
![]() パッチ池 堰堤上の道 |
![]() パッチ池 |
![]() パッチ池沿いの道 |
![]() 鉄骨遺構 |
炭酸工場の三ツ矢塔前から能勢電車の歩道幅の踏切を渡って谷中を進む。左手の山の斜面へ登って行く分岐は尾根を伝って伏尾ゴルフ場の方ヘ登って行く道だったようだが、途中に作られた住宅造成地で消えているだろう。猪之谷堰堤の少し先まで車道幅の路盤がある。南側に牧場のような建物跡や池跡を見て大きな猪之谷堰堤を越えると竹林があって、この辺りから道が荒れている。すぐ先の猪ノ谷二股では左股を渡って間の小尾根の真ん中に道がある。すぐ先で山の斜面が立ち、道は右股右岸沿いとなる。左岸に渡って標高140mの二股から小さな急坂があって斜面の高い所まで上がり、その先で急斜面についたトラバース道となるが路盤は流れ掛かっている。谷底を見ると大岩が多く水際を進むのは面倒そうだが難しくは無さそうである。トラバースの先で右岸から住宅造成地の排水路が下りてきている。排水路の先で緩い舎羅林山北斜面の谷間を登る。一旦小尾根に上がる。西側の古い蛇抜けで路盤が切れている所を渡って西向きに登ると主稜線の道に上がる。
![]() 三ツ矢塔 |
![]() 猪之谷堰堤 |
![]() 車幅が尽きて谷へ |
![]() 小尾根上の路盤 |
![]() 谷沿いに |
![]() 140m二股上の高巻き |
鉄塔の鞍部から送電線直下を北側の隣の鉄塔までと、鉄塔の鞍部の東側の南の中道から上がって来る古い道型が稜線に達する所の先に、舎羅林山住宅開発地へ下る道がある。送電線下は送電線の巡視路で隣の鉄塔から東へ折れると住宅開発地の道路に出る。これらの道は明治時代の地形図によると古い道型の先は古い道型と一繋がりで東多田から猪ノ谷源頭へ抜ける道であったようで、送電線下からの道と同じ所で車道に出る。だが、^ノ谷本流源頭は住宅開発で埋められて平坦地とされており、道型は途切れている。中断している舎羅林山開発事業が動いて国道脇の開発地への門が開放されれば、一の鳥居駅からのルートになると思われる。
山頂の東側の東多田上ヶ芝からの道が稜線に出るすぐ東にも北側へ下りる道型があり、これも^ノ谷源頭へ下りていたようだが、住宅開発地近くの斜面が急峻で道型が流れてしまったのか、北側に下りるほどに不明瞭となる。この下降した所も^ノ谷源頭を埋めて平坦地とされているので道型は途切れている。
舎羅林山山頂の東の稜線上にも道型があるが、伏尾ゴルフ場のフェンスで途切れている。フェンスに沿って弱い踏み跡を北へ少し下るとフェンスの向こうのゴルフ場の盛り土の下から道型が西向きに突き出ているのでそちらに入ると住宅開発地の一角に出る。
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一の鳥居駅から住宅開発地の北縁を廻る尾根筋に古い道がある。舎羅林山の北の稜線に出て南下すると稜線が伏尾ゴルフ場に取り込まれているので住宅開発地の上端の道に下りて、舎羅林山の直下に達する。但し、正三角形の二辺を辿るような遠回りとなるので、一の鳥居駅からは住宅開発地の北縁を回り込むより、国道を南下して猪ノ谷かスペイン坂から登る方が早い。また、舎羅林山山頂より高い所を通ることになる。能勢電の冬の車窓から一の鳥居駅下手で見える赤い鳥居の大岩の嶋長龍王社は、国道側から住宅開発地の閉ざされた門を通らずにはどこから入ればよいのか分からない。
一の鳥居駅から国道を渡って旧道から塩川も渡ると山側の笹地に入る踏み跡がある。古い登る道の路盤は笹藪から稜線の北側に付いているのだが、笹藪になっているので少し踏み跡の稜線上を進む。稜線を乗り越して南側の谷筋にも道があるが、堰堤で行き止まりである。すぐに笹薮の古い路盤が稜線まで上がってきて、笹藪はなくなり稜線上にはっきりした太い掘り込まれた道型が続く。携帯電話基地局を左手に見て更に登ると平坦な尾根となり、掘り込みは少なくなるが版築の跡が続く。
![]() 笹藪の中の踏み跡 |
![]() 掘り込まれた道 |
![]() 基地局を左手に |
![]() 版築の跡 |
標高150mを超えると右手に稜線より遥かに高い住宅開発地のコンクリの擁壁が聳えているのが木の間越しに見える。標高170mで掘り込まれた急坂があり、登り切ると住宅開発地外縁の堀の法面工事の脇に出る。法面工事の脇を二段分登って、二段目の段の上を通った先に道型の続きがある。急坂の手前で直角に左の谷に入る古い道型もあるが、法面工事の脇の少し上に出るだけでヤブが多い。法面工事の段からは疎林となった住宅開発地と住宅開発地の上を東西に貫く送電線と、その後ろに小さく舎羅林山の高まりが見える。住宅開発地の疎林を駈ける鹿の群れを見下ろすと、アフリカのサバンナを空から見ているかのようだ。
![]() 木々の向こうに コンクリ擁壁 |
![]() 法面工事に出て 脇を登る |
![]() 法面工事の段を 行く |
![]() 住宅開発地と 舎羅林山 |
標高210mで右手の谷間へ下りる道を分け、標高220mで尾根が左に折れると広くなる尾根上に新しい道型と古い道型が二重に付いている。一重になる所もあるが二重で能勢CCの南縁の尾根の道と合流する。
能勢CCの南縁の尾根の道も長尾に続いていたようだが、下の方の谷に下りてからの道の路盤は流れたり崩れたりでほぼ消失している。南へは太くはっきりしている。能勢CCの東縁の尾根道が合流する所はすぐ東側で伏尾ゴルフ場の北端の鞍部を通っていた妙見街道からの道も上がってきている。この辺りが行程で最も標高の高い所で、南へ緩やかに尾根を下っていく。僅かに登り返すと送電線の鉄塔があり、道型は鉄塔の脇から更に南へ続いているが、すぐ先で伏尾ゴルフ場の造成で失われたのか行き止まりになっている。鉄塔から右手に下りると住宅開発地の道の上端に出る。景色の良い所なので公園でも作られる予定であったか。
能勢CCの東縁の尾根道の下側は流れたり倒木で溢れていたりで荒れており、何本も分岐しているがほぼ全て能勢CCのフェンスで行き止まりのようである。伏尾ゴルフ場北端の鞍部への道は伏尾ゴルフ場のフェンスで途切れているが、フェンスに沿って北側に薄いヤブを回り込むと北上する東ときわ台方面への妙見街道に出られる。
送電線沿いに道を下り住宅開発地の東縁のアスファルト道を南下して舎羅林山へ向かう。途中分岐して四つの登り道があるが、どれも入口は分かりにくい。
伏尾ゴルフ場の北端から東ときわ台方面の反対の妙見街道の南側はゴルフ場のコースになって消えているが、更にゴルフ場に沿って東へ進むとコースから出て来た妙見街道と交差した先で伏尾ゴルフ場の好意でゴルフ場内の通路を妙見街道ハイキングで通れる所がありクラブハウスの前から元妙見街道の道路に乗って南の伏尾台に抜けられる。ゴルフ場の縁から更に明治期妙見街道を東へ進むと長尾山毘沙門天の石柱が送電線鉄塔の北にある。舎羅林山南方の池田市吉田町の慈恩寺の駐車場入口にある長尾山毘沙門天の石柱と同型だが、慈恩寺前と違い側面にも何か文字がある。建っている場所は道の分岐点であった雰囲気でもなく、本来の位置なのか、なぜここなのか分からない。道の西側に北向きに建つので南隣の送電線鉄塔の足場で削られた道が南の270mの等高線で囲まれたコブに向かってあり、コブの上の辺りに毘沙門堂があったか、慈恩寺前の石柱は伏尾ゴルフ場内となる毘沙門堂の南口にあったのが移設されたのでないかと考えてみるが、コブに登ってみたり、長尾山毘沙門天の嘗ての場所を記す資料を探したりなどの検証に向けた行動はしていない。
![]() 能勢CC南縁の 尾根道に合流 |
![]() 能勢CC東縁の尾根道と 合流手前の広い道 |
![]() 緩やかに 下る |
![]() 伏尾ゴルフ場付近の 妙見街道地図 |
![]() 車道に下りて 振り返る |
![]() 少し下って 振り返る |
![]() 西側 多田盆地の展望 |
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![]() 山頂西の 鉄塔鞍部への入口 |
![]() 東の稜線への 入口から振り返る |
![]() 大岩の 嶋長龍王社 |
![]() 長尾山毘沙門天の 石柱 |
参考文献
地図資料編纂会,正式二万分一地形図集成 関西,柏書房,2001.
池田市教育委員会社会教育課文化財担当,池田を歩く,池田市教育委員会社会教育課,2008.
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