大台ケ原の位置の地図
概念図
大台ケ原 東ノ川 シオカラ谷+白崩谷
おおだいがはら ひがしのかわ
〜〜日高には沢旅が似合うと言う事を実感した大台ケ原〜〜

 今年、北海道の沢シーズンが終わった11月、引っ越した実家のある関西に帰省した際「関西の沢を志す岳人なら一度は訪れるべき」と言われている大台ケ原の東ノ川へ沢登りに行って見ることにした。沢登りを始めた頃は行けなかった中級の沢である。東ノ川(ひがしのかわ)は西ノ川と共に北山川の支流で、北山川本流と合わせて三本で大峰山と大台ケ原に挟まれた南向きの水を集め、十津川に合流して熊野川となる。

 自分の初めての沢登りは、この大台ケ原を含む紀伊半島の山であったが、経験を積んできたのはほとんど北海道、それも日高山脈の沢であったから「故郷に錦」の気分であった。渓流足袋はもちろん北海道ブランド、S岳荘オリジナルだ。

 大台ケ原の山頂近くまで入るドライブウェイ終点の駐車場でバスを降り、軽登山の大台ケ原周遊区域を横切って東ノ川本流へのアプローチとなる東ノ川の支流の白崩谷の右股へ最低鞍部から下降する。登山道からはずれて沢に降りるのも、林床がきれいでどこでも下りられるのが何となく北海道と違う。

 下降中にやや大きな滝が現れた。巻かなければ下りられないが巻き道を示す赤テープもないし、どこでも歩ける林床なので踏み跡も見当たらない。


白崩谷出合から本流下流側を見る

 「まぁ、白崩谷を下りる以外にも東ノ川に入るルートはあるからココを通る人は少ないのだろう」と自分を納得させて歩き続けた。この滝は左岸から巻いて下りられた。滝の下は大岩のゴーロ帯だった。三世代住宅ほどの岩がゴロゴロしている。さすがに日本有数の多雨地帯、流れてくる岩の大きさが違うわいと感心しながら東ノ川の本流まで下りた。秋でもあり白崩谷は水が少なく、足を濡らすことはなかった。

 翌朝、東ノ川本流は函の渡渉から始まった。いつものように岩を跳んで越えていこうとすると川床に砂利が溜まっていない事に気が付いた。岩の間隔は適当なのだが岩一つ一つが非常に大きいので、渡渉とはいえ踏み外すとへそより上まで確実に濡れてしまう。それどころか深さに転倒してズブ濡れになるだろう。南国とはいえ11月のズブ濡れはイヤだ。慎重にならざるを得ず、旅という雰囲気ではない。北海道とは違うのだと言う認識を新たにする。

 内地の沢登りの記録を読むと水浴びだのプールだのと言う記述が多く内地の「サワノボラー」は遊んでばかりだわい、と感じていたがこう言うわけだったのか。これは日高の川原を歩く沢登りとは全く異質なものである。砂利が無いのは台風の時などに北海道人の想像を絶する水流となり函の中では全て流されてしまうのだろう。

 函が終わると川原になったが岩が大き過ぎて歩きにくいので、少し川から離れた樹林の中を歩く事にする。赤テープは相変わらず見当たらないがどこでも歩ける。なんだか、あえて沢の中を歩く必要はないようだ。踏み跡以外はブッシュになって大変な北海道とは違うのだ。


西の滝

高倉滝

 次第に沢幅が狭くなり核心部が近づいてきた。両岸が絶壁になってくると、さすがに歩ける所が限られてきて踏み跡ははっきりしてくるが岩はますます大きくなり、越えていくのが大変になってくる。三世代どころかアパートのような岩が川を塞ぎ、しかもそんなに大きなナリをしても川原の石なので丸まっており、つかむところが乏しい。こんな大岩は初めてだ。なぜ北海道にはこんな大岩がなかったのか?水量の違いと言うのは斯くも甚大な違いを生むものなのか?全くの空想だが北海道の岩は氷河時代に割れ目がある程度出来てその割れ目に沿って、今岩が小さくなっていっているのだろうか、と考えたくなってくる。

 日本名瀑百選にも選ばれている中の滝、西の滝を分けると沢は1/3の大きさとなり、おとなしさを見せてくるが相変わらず岩は大きく丸いため、濡れずに行くにはほとんどの滝は直登せずに巻いていくことになる。巻き道は見当たらなくてもどこでも歩けるので登りにくいゴロ石の滝(岩間小滝ね)を越えて沢の中を行くよりは巻いて行く方が絶対速い。沢の中を行く必然性が、北海道と違ってないことを悟りだした。

 そうなのだ。北海道で沢を行くのは山の中で沢が唯一のヤブでない道として存在するからであるが、内地の沢は夏の暑さを避ける為の登山路だったのだ。玉砂利の川原とナメ滝で構成される日高の一人でも行ける沢はスピーディに進んでいき「旅」をしている実感があるが、内地の沢は「登攀」であり「避暑」であり滞在する事に意義がある。沢登りの意味がどうも違うようであった。

 後から思えば標識の赤テープがなかったのは、すっかり標識の整備された(そうでもない所もあるのだが)内地の登山道とは違う、探検気分を味わう為にわざとはずしてあったのだろう。次に来る人のことを考えると標識をつけずにはいられない、開拓する苦労がまだ切実だった記憶の残る北海道人の気質では安易に賛成できないものなのかもしれない。

 隆起準平原とも言われる大台ケ原の頂上台地に上がると傾斜は緩くなり、サシモノ大岩もなくなった。庭園のような淵と川原で心休まる。名残の紅葉も美しい。そして最後の滝、東ノ滝25mを越えると最初で最後のナメ床が現れ、遊歩道の吊橋が見え、今回の沢は終わった。

 ナメ床がほとんどないことなど、東ノ川は特殊な一面もあるのだろうが、「一度は訪れるべき」とまで言われているのはやはり内地(関西)の沢の典型的な一面を含んでいるからだろう。良い勉強になった沢であった。



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大手のエステ
(2002年1月15日上梓)