おおみねさんみゃくのいちのちず大峯山 南奥駈道
(笠捨山登山道〜佐田の辻〜持経宿〜池原)

 自分にとって最後に残していた大峰山脈の縦走区間。浦向から笠捨山登山道を佐田辻・行仙小屋へ登り、倶利伽羅岳・転法輪岳を経て、持経の宿から白谷池郷林道を、石ヤ塔を眺めて池原に下山した。あまり特徴や魅力を見出せない区間だと、地図を見ながら感じていたが、軽い積雪のある奥駈道は木々の葉も落ち、野生動物の足跡や青い空に凛と立つ幹の間の展望に新鮮な喜びがあった。

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★笠捨山登山道(浦向〜佐田辻)
浦向-0:15-笠捨山登山口-0:45-植林小屋(水)-0:40-四ノ川林道横断-1:10-佐田辻・行仙小屋

 浦向の交差点(かえで橋)では立派な二車線の国道425号線も小字奥地を過ぎ、墓地の先からは「酷道」の名に相応しい姿となる。奥地川に沿った細い道であるが、川側の小さな高まりに苔生した山ノ神が祀られていたりして、良い雰囲気だ。林業関係の大きな倉庫を過ぎてすぐに登山口。小さな標識を支える杭も倒れた小さな目立たない登山口であった。白谷トンネルは冬季通行止めなので車は来ない。

 すぐに国道のアスファルトの上からは見えない、人幅しかないコンクリの橋で奥地川を渡る。このような橋でも山向こうの村の名をとった「十津川橋」と言う名前がある1)。かつては地域の重要な道だった。橋の下の奥地川は青く澄んでいて、とてもきれいだ。道の土台の石垣が小さくても丁寧な道だと感じる。しばらくは杉の植林の中の明瞭な道であった。京谷渡渉点の下手には近年問題になっていると言う分収育林の看板がいくつか見られた。このあたりは鹿防護の網があるが、小さな土砂崩れが起こっているところでは網と土砂が絡まって歩きにくかった。京谷は片方だけに手摺りのある金網の橋で越えた。水は流れていなかった。地形図(2009年2月現在)より下流側で渡渉しているようだ。


登山口の標識
もう一つあった
石楠花だろうか
イラストがかわいい

コンクリの橋(奥地川)

道の様子

京谷の網の橋

 京谷を越えると傾斜が掛かりだす。多少、杉の落枝が道に目立つようになり、一部不明瞭に感じる部分も現れた。ジグを切って杉の斜面を上がり、小さな傾斜の緩い尾根上に出ると尾根の上は樹冠がなくコシダが道に覆いかぶさっていて荒れている印象を受けた。ここが「桧休場(ひのきやすば)」らしいが、今はあまり休憩に適しているとは思えない。

 尾根から再び杉の斜面のトラバースになって登り続けると、傾いて壁の一部も抜けているような古びた小屋が現れた。昭文社山と高原地図にある植林小屋だ。屋根の一部がずれ、床も一部抜けて入口も閉められないが、なんとか雨風をしのぐことも泊まることも出来そうだ。裏手の沢にはわずかに水が流れていて、最終水場ということで水を汲んだ。このあたりから雪が地面に残っているようになった。この谷にも京谷のように名前があるはずだが・・・ご存知な方がおられたら教えてください。

 大きな岩や、道が石積みになっている部分が現れる。石積み(ツジカケ)はそこそこの規模があり、この道がかつては笠捨越として十津川と北山・池原を結ぶ重要な道であったことを感じさせる。途中、巨岩に洞穴が開いているのが左手に見えた。洞穴は浅かったが整地してあり、雨宿り程度に使った人はいるようだ。一人なら横になれるし、2,3人は休める広さだ。


植林小屋

洞窟のある大岩

洞窟の中

 781m標高点の下で尾根上となり、短い区間だが傾斜が急だ。この尾根道のすぐ下には同じ程度の踏み跡である送電線の巡視路が平行しており、道筋がはっきりしていないので、多少迷う危険があるのではないかなと思う。新宮山彦ぐるーぷの標識を探すようにする。

 標高800mで突然林道を横断する。地形図にあるよりは林道が伸びているようだ。しかし横断してすぐの所で林道は行き止まりであった。この林道は四ノ川林道と言う名前だから、これからも伸びて尾根を越え、和歌山県北山村方面の四ノ川流域までつながる計画なのだろう。林道を横断して高い法面を鉄の階段で越える。階段を上がると、積雪と言うほどではないが、一面真っ白になる程度の雪の地面となった。


立派な石積みの道
(ツジカケ)

突然林道

林道を横断して
法面を階段で上がる

 更に登りながら1031m標高点の丘を巻ききると、突然視界が明るくなった。杉の植林から天然林に変わり、南から日差しが差し込んできたからだ。しばらくは平坦な尾根歩き、細かいコブは尾根の南側を巻いていることが多く、日差しが入るので雪の代わりに落ち葉が積もり、気持ちのよい道だ。転法輪岳の大峯山脈主稜線も見えだす。南側に茶臼山も険しく聳えるのが見える。


1031を巻ききると明るくなる

新宮山彦ぐるーぷの標識

照葉樹の稜線の道

茶臼山

転法輪岳

 送電線が近付くと、一度電線下の刈分けとなるので視界が一気に開ける。東側は遠く大台ケ原までよく見えた。風当たりも強くなり積雪量も増えた。あまり歩かれていない雰囲気の四ノ川林道への分岐を過ぎると再びトラバースの道となるが、今度は南斜面なので、くるぶし程度の積雪で標高が上がってもなんとなく暖かい森だ。それほど傾斜を感じることも無く行仙小屋の横に飛び出した。


★佐田辻〜南奥駈〜持経宿山小屋
佐田辻・行仙小屋-0:30-行仙岳-1:10-倶利伽羅岳-0:30-転法輪岳-0:10-平治小屋-1:00-持経宿

ぎょうせんだけふきんのちず

 夜の気温はマイナス5度程度だった。

 縦走を開始。稜線に上がると風に叩かれて硬くなった吹き溜まりもあるが、それも行仙岳南側はくるぶし程度だった。雪が全く付いてない部分の方がまだ多い。しかし、行仙岳山頂が近付くにつれて殆ど新雪で覆われるようになった。脛程度だ。

 行仙岳山頂は西側のアンテナの下からが展望が良い。北の中八人山方面、南の笠捨山・地蔵岳方面、それぞれよく見えた。釈迦ヶ岳・孔雀岳の純白の姿まで望めたのは望外の喜びだ。

 行仙岳北側の急斜面ではストックを出す。所々、膝程度の積雪。しかし新雪で柔らかくラッセルの苦はなかった。倶利伽羅岳まではアップダウンが多く、あまりはかどらない。森はブナの森、雑木林、杉の植林、笹薮と細かく入れ替わる。倶利伽羅岳山頂は樹林だが、中八人山方面は開けていた。しかし、行仙岳から見た時の方が何となく立派に見えたのはなぜだろう・・・?動物の足跡が多い。


行仙小屋玄関

行仙岳山頂

NTTのアンテナ
行仙岳山頂からの展望

釈迦ヶ岳・孔雀岳

中八人山

笠捨山

地蔵岳

 怒田の宿跡は標識のみ。広葉樹林。8年ほど前、白谷トンネル西口から怒田新道と標識のあったこの道から稜線に上がって、見上げる行仙岳北斜面の急坂に溜息をついたものだが、ネットで検索するとこのあたりには皆、トンネルの東側から登っているようだ。今も怒田新道を歩く人はいるのだろうか。もう廃道なのだろうか。怒田の水場もネットでは「涸れていた」との記述もある。8年前の初冬に通った時は、少ないながら汲める程度は流れていたが。

 倶利伽羅岳は双耳峰になっていて西側が山頂であり、東側ピークは通らずに鞍部から10mほどのルンゼ状の岩場を北側に下りていくが、東峰の方が高いように感じた。この岩場は鎖が掛けてあるが凍り付いて殆ど掴めなかった。それでも軽アイゼンも使わなくても下りられるものだ。転法輪岳まではアップダウンの少ない吊り尾根で、はかどる。

 転法輪岳は倶利伽羅岳より更に展望がない。転法輪岳より北側では積雪が増えて、新雪だが常に膝程度となった。硬い吹き溜まりも所によって太ももほどの高さがあったが、少ないので通過に時間を取られるほどではなかった。

 平治の宿は地形図(2009年2月現在)の位置と異なり、より南の転法輪岳の下りが終わってすぐのところにあった。水場の標識も同様である。平治小屋の中には煙抜きから浸入した雪がうっすら積もっていた。地形図上の平治の宿の印付近には、新宮山彦ぐるーぷの南奥駆道第一次千日刈峰行の標識があった。真新しいしっかりしたもので、事前に見ていたものよりずいぶん立派だった。この辺りの森はブナの巨木が多く美しい。


怒田の宿跡

平治小屋

第一次千日刈峰行の看板

 1186で中又尾根分岐。中又尾根の道もあまり歩かれていないような雰囲気だった。確かに中又尾根の道は千日刈峰行で役割を終えてしまったと言う面もあるのかもしれない。

 斜めに聳え立つミズナラの巨木(標識有り)の下をくぐり、白谷池郷林道の雰囲気が近付いてくるとまもなく持経千年桧。新しい不動堂を従え、何本ものワイヤーロープで支えられた姿は痛々しいものもあるが神々しさも感じる。雪は相変わらず膝程度。

 トラックのエンジン音が間近に聞こえた。白谷池郷林道の十津川側で何かしら工事をしているようだ。すぐ下を走るミキサー車が見えた。ちょっとした階段を下りて白谷池郷林道の車道の峠に出た。ミキサー車は凍結路面の重荷のせいか、ずいぶんゆっくり走っていてここで対面。運転手さんに挨拶して、100mほど先の持経宿小屋に入り休憩。小屋の屋根から雪解け水がいくらか滴り落ちていたが、更に400mほど先の水場に行ってもこの時期凍っていただけだろう。手持ちの残りの水が少なかったので、雪を溶かして酸っぱいコーヒーを淹れた(でも折角なら水場も確認しておけば良かったな・・・)。


ミズナラの巨木

持経千年桧

持経の宿小屋

倶利伽羅岳に向かって

★持経宿〜白谷池郷林道〜池原
持経宿-1:00-林道ゲート-1:30-池原

 この道は10年ほど前にも歩いたが、あまり変化がない。ただ、前回と違って上部では氷結している。ダートだが傾斜は緩く、今日も大型車両が走るくらいだからきちんと除雪もされているし整備されている。ガードレールの類はないが、上部では転落しても途中の樹林に引っかかりそうだ。

 池郷川の本流の谷が見えてくる辺りでゲート。積雪ほぼなくなる。この辺りまで下りてくると林道はかなり危険な雰囲気だ。池郷本谷の奥に釈迦ヶ岳の真っ白な姿が見える。池郷川もものすごい角度で、ヤブで隠れているけれど殆ど滝のような雰囲気。ゲートのすぐ下で中又尾根への林道分岐。こちらにはゲートの類は見えない。


林道上部の様子

水場は凍っていた

林道ゲート

いしやとうふきんのちず 池郷川の大又川合流点とカワハリ谷合流点の間の左岸(対岸)が石ヤ塔で、林道のある右岸にもいくらか岩塔がある。林道にはこれまでと違い、ゴーッと滝の音が響くようになる。水が少ないこの時期でも石ヤ塔の直下には大きな滝が落ちているのだろう。石ヤ塔の後半で池郷川を振り返ると、遥か下に滝が一つ見えた。しかしあの滝だけの音だったとは到底思えない。もっと多くの滝が隠れているのだろう。石ヤ塔は直立した岩塔が立ち並ぶ奇景だ。下北山村でも売り出しているそうだけれど、ガードレールもない細い舗装道路で、たまに車を寄せられるところはあるけれど・・・恐ろしい。一人で歩いていてもちょっと気が緩めたら林道から落ちてしまいそうな気がする。石ヤ塔展望所の杭が道路の一角にあった。確かに石ヤ塔にもっとも近い地点で木が少し刈られて展望があるのだが、車一台の幅の車道に1mほど谷側に路肩を広げただけの地点でガードレールもなく、マイカーで観光に来ても車を停めることにも躊躇を感じてしまいそうだ。

 石ヤ塔の中間付近に「小池橋」という橋がある。小池宿跡は池郷川のもっと上流に発見されたと言うことを読んだ2)が小池宿と関係あるのだろうか1)。池郷川石ヤ塔の滝場も行場だったと言うことは書いていないが、これほどの厳しい環境が定められた行場でなかったというのも不思議な気がする。

石ヤ塔の展望

 石ヤ塔が終わると正面に奥佐田山が鋭く聳えている。いつか登ってみたい。水元谷の橋は、この林道で数少ない確実な水場のようで、この季節でも大きな水音がしていた。今回はここより上流で水が汲めるところはなかった。夏場ならもう少し汲めることもあるのだろうが、この林道は全体的に乾燥している雰囲気だ。


奥佐田山

ガードレールが
はずれている

ガードレールが
無い

振り返ると池郷川

 北山川の本流が見えると、林道をショートカット出来る近道がある。昔、池原集落で平治の宿の世話を担当していた頃は八町坂と呼ばれていた1)らしい。ジグを切られた辿道で、池原の北山側右岸の向坊地区の墓地(向坊墓地)に出る。池原集落はもうすぐだ。

いけはらふきんのちず
池原の街が近付いた
あと少し

明神池に向かう道から見た
池原

参考文献
1)木村博一,下北山村史,下北山村,1973.
2)森沢義信,大峰奥駈道七十五靡,ナカニシヤ出版,2006.



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大手のエステ
(2009年2月8日上梓)