小幌駅探訪 アイヌ語地名など

 日本一の秘境駅の呼び声高い室蘭本線小幌駅に行ってきた。今でこそ全く人家がなく、道路から歩いて近づけないといわれる小幌駅だが、昔は車道や国道37号線の峠のドライブインからの踏み跡があり、今も小幌駅から道の通じている岩屋観音・小幌には人家があって人が住んでいた。今でもそれらと同じ道ではないが道は通じている。また、昔の地図には小幌以外にも現在では道の通じていない海岸、小幌駅の前浜である文太郎浜やピリカ浜、樺利平に人家がいくつも記載されていた。そういった時代はまだ過去のものではない。今でも知床などには残っている。都会で生活しているとそうやって生きてきた人々はあまりに遠く感じるのかもしれないが、決して遠いものではない。

小幌駅周辺の地図


★小幌駅

この汽車で初訪。
今年は雪が少ないかも。
ホームからやや離れた小幌駅待合室

通称「コボロリゾートセンター」。
仙人の冬の住居だった。

2008年春には中がすっかり掃除されて
閉鎖されていた。
2008年夏には小屋が無くなっていた。
駅名票
なぜか隣の礼文が「れふん」になっている。
時刻表
全国版小型時刻表で旅する人の中には
小幌駅の時刻が記載されていないので
小幌に停車する普通列車が間引かれて
いることに気がつかず、予定が狂ってしまう
人もいる様だ。

美利加浜トンネルの上から小幌駅を見る
トンネルの上に向けて小幌駅から踏み跡が
あるが、その先は小沢の護岸で行き止まりに
なっていた。
何もないはずの小幌駅だけど、意外に建造物
は多くて待合室のほかに、鉄路の両側に小屋
以上のレベルの関連施設がある。
後ろ髪引かれながら帰りの汽車に乗りました。


★小幌駅から道を辿っていける場所

 国道から小幌駅まで40-50分と書いたが、道でない処を歩ける人なら旧礼文華トンネル西口から沢伝いに30分で小幌駅に到着できるのもまた事実である。小幌駅が国道から歩いてアプローチできることは決して小幌の魅力を損なうものではない。道はあっても自動車は入らないし、豊かな自然環境と古来から伝わる人間の自然な営みの遺産は、道があっても確実に存在する。ただ40年程前は小幌駅まで礼文華峠から作業道が通じ、自動車で乗り付けることもできたと言う。

 小幌駅の北西の尾根上にも国道の昔のドライブインから明瞭な踏み跡があると言う話を聞き、言われた尾根を辿ってみた。所々に踏み跡の痕跡は残るものの、殆ど濃いネマガリタケに覆われて道として利用できたとは言いかねるものだった(2008年)。



 「全北海道キャンプ場ガイド’91」には「小幌海岸キャンプ場」が掲載され、国道から真南に点線が駅を通り海岸まで記されている。しかしこの本の案内図は国道の記載自体がデフォルメされており、どこから小幌に下りたものかははっきりしない。キャンプ場としては長万部町の管理で、設備なし、開設期間使用自由、利用料金無料、「沢水しかなく利用可否不明、飲用水は携帯したほうがよい」と書かれていた。このキャンプ場は近年の版には掲載されていない。

 2006年に数十年間、小幌駅の除雪などを請負いながら世間を避けて夏は仙人の居間、冬は小幌駅待合室で暮らしていた「小幌の仙人」(地元では「小幌太郎さん」)と呼ばれていた方がお亡くなりになったそうだ。釣り人が通報し衰弱して救出される様子はテレビ番組でも放映された。しかし甲斐なくお亡くなりになった。自分が最後に行った時はまだ居間も待合室も寝袋が雑然と置かれ、生活感がプンプンとした状態だった。小幌駅とその周辺はこれからどう変わっていくのだろうか。一つの歴史が終わった気がした。

参考文献
1)渡辺茂,豊浦町史,豊浦町,1972.
2)永田方正,初版 北海道蝦夷語地名解,草風館,1984.
3)菅江真澄,内田武志・宮本常一,菅江真澄全集 第2巻,未来社,1970.
4)松浦武四郎,秋葉實,松浦武四郎選集4 巳手控,北海道出版企画センター,2004.
5)知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1984.
6)小幌付近,p28,1,北海道の釣り,遠藤釣具店,1964.
7)斎藤豊,噴火湾の秘境 小幌海岸の釣り,pp52-54,24(11),北海道のつり,水交社,1994.
8)全北海道キャンプ場ガイド’91,北海道総合出版,1991.



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(2007年1月16日上梓 2月4日かにぬーさんから仙人さん関連情報提供を受けて一部修正 4月3日再訪加筆修正 4月8日三訪加筆修正 4月22日四訪加筆再構成 8月23日加筆 2009年4月16日アイヌ語地名考部分分割 2017年4月23日改訂)