茶津山(95m)
入江運動公園のバックの山。
山の東3/4は日本製鋼所の土地らしいが、西1/4は市有地のようで遊歩道が設けられている。遊歩道の反対側の斜面には日本製鋼所の迎賓館である瑞泉閣がある。
★温水プールから
温水プールの駐車場から芝生を横断して茶津山に向かうと谷沿いに山を登る。谷には砂防ダムが多い。中腹に木の遊具があり、その上で分岐になっていて直進すると鞍部を越えて子供広場に階段で下りる。左に入るとトラバースの道だ。道の山側には石柱がたくさん立っている。日鋼の土地境界を示しているのだろう。
谷地形を一つ横断して鼻に回り込むと尾根上を歩くようになる。尾根の海側はお花見に良さそうだ。少し登り続けると木作りの展望台がある。展望台の上からはフェリー埠頭がよく見える。白鳥湾の向こうには室蘭岳が聳える。右手には日鋼の敷地の中にレールが広がっているのも面白い。
山頂はすぐ先だ。
日鋼の敷地は全て茶津町である。この山そのものがチャシ casi[砦?]だったという。casi は casi でもウェンチャシ wen casi[悪い・砦]だという。良いチャシとはどのような所なのだろうか。悪いとは何が悪いということなのだろうか。チャシがチャツになったのは和人の東北訛りによる1)という。松浦武四郎は安政3(1856)年の竹四郎廻浦日記に、この casi が戦で落とされた時、一人残された女アイヌが下着一枚で元室蘭まで泳ぎ逃げて以来「悪い城」と呼ばれるようになったと言う伝説を書いている2)が、下着一枚で泳ぎ逃げたことでなぜ砦が悪いことになったのだろうか。
松浦武四郎のこの年のフィールドノートである手控では、この時に攻められたのはウェンチャシではなく、「エトモの岬」となっている。この話は室蘭の語源説話であった気がする。永田地名解の室蘭郡の条には室蘭の「取ルニ足ラズ」な語源説の一つとして、アイヌ語の「モールラン」で「肉襦袢ニテ阪ヲ下ル義」で、婦人が山中で熊に追われて衣を脱ぎ捨て肉襦袢のみで山を下りて云々という、和人某が語ったと言う説が挙げられている。アイヌ語の mour[女性の肌着]と ran[下る]で、私も取るに足らないように感じる。松浦武四郎は室蘭の由来を聞かされて、ウェンチャシの由来として記したのだろうか。松浦武四郎の弘化2(1845)年の初航蝦夷日誌では「ウエンチヤシ 此処ニ昔此辺りの酋長城郭を構えしと聞」と、ある意味無難な解説をしているが、やはり何が悪かったのかは聞けなかったのだろう。
砦址は1926(大正15)年までに河野常吉が調べたが見つからなかった6)ようだ。
この山の南を区切るのが仏坂である。この仏坂がエトモのコタンなどの絵鞆半島西側から見て白鳥湾の中の方に入っていく aun ca[内側の・口]で、aun ca us -i[内側の・口・についている・もの(山)]の訛ったものがウェンチャシではなかったかと考えてみる。地名アイヌ語小辞典の ahun-ru-par の項には wen-ru-par という別称が挙げられ、ahun は「<aun」とされている。或いは、ウェンは awen(<aw e -n (内・(挿入音)・の方向に移動する))でアウンと同義だった言葉のアクセントの無い語頭の a の落ちた転訛でないのか。
チャシは本当に無かったのではないか。awen ca が忘れられて、awen ca us -i だけが残されて、ウェンチャシに転訛したのではなかっただろうか。仏坂は逆に絵鞆半島先端部からの putu -ke[出口・の所]が「ほとけ」に聞かれたのでないかと考えてみる。
松浦武四郎の安政3年の記録では、「ヲシユクニ、トツカルモヱ、ホンモヱ、マクニシ」と西から続けて「並て字トウブツ、並てウエンチヤシ」とウェンチャシが登場する。仏坂がトウブツで ru putu[道・の出口]の転、仏坂を登りきった鞍部が aun cis[内側の・くびれ]でウェンチャシの元の言葉かもしれないとも考えてみる(cis のくびれの意は掲示板での教示で okcis や rucis の例から妥当と思われるが、アイヌ語辞典等に見ていないのでイタリックとしておく)。
参考文献
1)山田秀三,北海道の地名,北海道新聞社,1981.
2)松浦武四郎,高倉新一郎,竹四郎廻浦日記 下,北海道出版企画センター,1978.
3)松浦武四郎,秋葉實,松浦武四郎選集3 辰手控,北海道出版企画センター,2001.
4)永田方正,初版 北海道蝦夷語地名解,草風館,1984.
5)松浦武四郎,吉田武三,三航蝦夷日誌 上,吉川弘文館,1970.
6)河野常吉,宇田川洋,河野常吉ノート考古篇1 北海道先史時代遺跡,北海道出版企画センター,1981.
7)中川裕,アイヌ語千歳方言辞典,草風館,1995.
8)知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
9)田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.
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