エニ山(187.9m)・さる山(三角山)

えにやまのちず 2009年4月現在、GoogleやYahoo!で検索しても「エニ山」ではほとんどヒットしないので、地元でももうそう呼ばれてはいないのかもしれない。昭和28年発行の地質図で山名を見つけた。三角点が置かれていて、点名は「母恋」。

 御前水町の奥の山。北西に三角形のよく目立つ山ピーク(さる山・三角山)があるが、その隣のアンテナの多い山である。2009年4月18日登頂。


★御前水町から

 御前水町一丁目の奥からアンテナ保守用と思われる道がある。入ってすぐにゲートがあるが開いていた。ここはまだ家並みが続いているエリアである。家並みが切れると背後に三角形の目立ったピークが見える。この山の方がエニ山より名前をつけて呼ばれていそうな気がする。

 送電線をくぐると笹原の中にいくつも踏み跡があるが、地形図にある大沢町方面へ続く踏み跡は廃道のようだ。最初の海側への分岐は送電線保守用の踏み跡だろう。

 次の海側の踏み跡もどこへ続いているのかよく分からない。しかも泥道であまり歩かれている雰囲気ではなかった。アンテナ施設の下を通って舗装道路の突き当たりは広場状になっていて車も停められるし、西側の展望が良い。しかしゴミも多く捨てられている。

 この広場からの踏み跡がエニ山山頂へ続いている。続いているとは言ってももう3分も掛からない。山頂は重機で均したように少し掘り込まれていて、その北の縁に三角点があった。展望は非常によい。


★山名考

 カタカナで書かれている事からアイヌ語由来と考えられないこともないが、アイヌ語地名研究中興の地である室蘭にあるのに、その中興の立役者である山田秀三や知里真志保の地名解に出てこない山の名だ。周辺に近い音や関連しそうな音の地名も見当たらない。


三角山の方が目立つ
御前水町から

三角山からエニ山を望む

 山の名の書かれていた地質図1)は昭和22年発行(地理調査所;現国土地理院)の五万分一地形図を元に地形を描いたと書かれているが、図歴上に昭和22年発行と言う室蘭の地形図は無いようなので、昭和21(1946)年発行の地形図を替わりに見てみた。しかし昭和21年の地形図にもこの名は無かった。

 明治26(1893)年の海図に「エニ山」の字があった。その後、昭和に掛けてエニ山の山名は海図では引き継がれ続けたようだ。明治24年が今でもしばしば引用される永田方正の北海道蝦夷語地名解初版発行年であるから、明治20年代と新しい記録とは言え、アイヌ語由来と考えても悪くはないような気がする。

 e- ane -i[その頭・細い・もの]が訛って伝えられているということはないのかと考えてみた。しかし、東側で海に山の鼻が突き出しているが、aneというほど細い峰ではない気がする。

 室蘭市のお隣の登別市内ではエエニとアイヌ語地名の調べが付いている小山がいくつかある。アイヌ語解はe- en -i[その頭・尖っている・もの]とされ3)るが、個人的には実際に見てもそれほど尖っていると言う印象は持たず、尖り具合はこのエニ山と大差ないように感じているが、どうもe- en -iと考えるとそれほど尖っていないことが気に掛かる。よく分からない。

 エニ山の横で、三角形で目立っている山は「さる山」や「石山」、「三角山」、「ハゲ山」などと呼ばれているようだ。こちら(sealさんのブログmuroran便り)の、sealさんをはじめ、室蘭在住や出身の方々によるコメント記事に詳しい。この形状は艦砲射撃で山肌が吹き飛ばされた姿なのだろうか。こちらにも多少のヤブを漕いで簡単に登れる。(2009年11月登頂)

参考文献
1)北海道地下資源調査所,五万分一地質図幅「室蘭」,北海道地下資源調査所,1953.
2)海軍水路部,海図「北洲南岸諸港」図幅,海軍水路部,1893.
3)知里真志保・山田秀三,室蘭・登別のアイヌ語地名,知里真志保を語る会・噴火湾社,2004.



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(2009年4月23日上梓)