小菅大菩薩 小菅側末端

 初めて小菅大菩薩道を歩いた時は山沢に下りた。その後、他の下り口も歩いてみようと思って歩いた。


★田元

田元地図

 田元の登山口から民家の裏手の畑の中を上がると地形図(2026年現在)にある山裾の車道が地形図より延びているのに突き当たる。獣除けの網をずらして車道に出て、僅かに上がった所から車道の向こうの斜面に入る。先で曲がってきた車道の下の法面に埋まりかけた際を上がり、車道の次のヘアピンカーブのすぐ先で歩道もジグを切るが、車道のヘアピンカーブの掘り込みで消える。続きは車道のヘアピンカーブの上の法面の上にある。下からヘアピンカーブに上がることは出来るが、ヘアピンカーブから上の法面の上へは登れず、車道を辿る。


登山口

畑の間を上がる

車道横断して

車道新設で切れた所

 車道の終点は上水施設で、その先に営林の作業道がモロクボ平まで続いている。上水施設を作業道に入って回り込んだ先から歩道の続きに入る。しかし歩道はまたすぐに作業道に突き当たる。古い道は折れて作業道が重なっているようである。730m等高線の辺りは作業道のカーブの内側に古い歩道の路盤があるが、その上から790m辺りまでは古い歩道の路盤の気配が分からない。作業道の造成で消えているようである。


車道終点の
上水施設

車道終点裏に続く作業道から
歩道を上がる

 作業道の標高730mから北側の斜面に下りていく古い歩道がある。急な一枚斜面にジグを切る木材を渡して足場を作った道で、落枝が積もり荒れている。掘り込みの道の方が古い道であろうから植林地の歩道としての作業道なのか。


植林の一枚斜面の道

車道からの分岐は梯子のみ

 790〜840mは歩道が旧路盤と新路盤の二筋となっている。尾根筋にウネウネと曲がりくねって掘り込まれているのが旧路盤で南斜面を横掛けにジグを切っているのが新路盤である。旧路盤の方は中に低木が生え始めている。


尾根筋に古い路盤と
作業道が並ぶ

作業道に重なる
中古の路盤

 尾根筋の西側の作業道で山沢からの道に合流する。

 田元の道は井狩・大久保方面から来ると登山口の所で入るのが自然だが、登山口の対面の道を下って田元橋に至り池之尻・川久保方面へ行くとすると、田元の集落内で登り返しがあってどうも不自然な感じがする。田元橋から田元の左右に分かれる車道の股に田元の真ん中に入る登り返しの無い歩道があるので、田元橋からこの歩道に入り、表通りの今の国道139号に出て、庚申塔の脇から集落の南側に出て今の登山口のお宅の裏手で井狩・大久保方面からの道と合流していたのでないかと考えてみる。

★川久保

川久保橋立地図1
川久保橋立地図2

 川久保から渡茶ァ橋で小菅川を渡って、こすげ養魚場を回り込んだ裏のお宅の下に登山口がある。上手の、きぼう橋からも入れる。

 右手にミヨリ沢のワサビ田を見て斜面に取り付く。斜めに登って標高750mのジグを切る所で橋立の方からの道と合流する。橋立からの方の道の方がしっかりしているように見える。


渡茶ァ橋西詰から
養魚場越しに登山口を見る

登山口
舗装路の先は、きぼう橋

ミヨリ沢の
ワサビ田の横

急な斜面に
取り付く

 次の尾根の鼻から東斜面に入る。尾根の鼻で急峻な尾根筋に下側に掘り込みが続いているのが覗き込めるが、歩く為の掘り込みとは思えない尾根筋の斜度である。尾根の鼻を回り込んですぐから上側にも尾根筋に掘り込みが続いているのが見えるが歩くには斜度がきつい。斜度がきついが昔の山人はこのくらいの斜度でも道として使っていたのかと試しに掘り込みを登ってみたが、掘り込みは尾根筋の斜度が緩む標高900mで終わっており、それより上に道が続いていたような形跡は見当たらなかった。丹波山大菩薩の越ダワの上辺りにも同様の尾根筋の掘り込みがある。道とは違う何らかの用途の掘り込みと思われるが分からない。

 尾根の鼻を回り込んで入った東斜面の植林の中を上がって840m辺りでミヨリ沢の谷のワサビ田の頭を越えて隣の尾根に移る。横掛けで登っていくと棚になっている小平地に出る。渡茶ァ橋の袂の駒板にある湧金山宝生寺の寺があったという「川久保向山の中腹のシノハチという平地」というのが此処か。


尾根線上の掘り込み

ワサビ田の頭を越す

シノハチ(?)

 小平地の南の際からウネウネとした掘り込み道となるが短い。910mで作業道と交差し、これより960m辺りまで作業道と絡まり古い路盤が削られたり作業道と重なっていたりする。960mからモロクボ平の一角で1020mまでは一旦作業道地帯から離れ広々とした斜面の広葉樹の疎林の中の掘り込み道となる。1020m辺りからはモロクボ平の中核で浅い掘り込み道が粗い網目の作業道と交差する。モロクボ平の最高点の手前で作業道がなくなり、最高点を越えるとすぐに山沢・田元からの道と合流する。


うねる道を振り返る

作業道絡む

作業道の脇の一角

作業道から一旦離れて
落ち葉の道

また作業道が
絡む

モロクボ平の頭附近
分岐間近
橋立地図1
橋立末端拡大地図

★橋立

 橋立からは小菅川の橋を渡った所で舗装の車道が左に曲がるのと反対に右に曲がる。小菅川右岸を進み、ナガサスの谷の右岸の丘斜面を上り、一旦ナガサスの谷の右岸の急斜面をトラバースしてナガサスの谷の護岸の上で切り返して車道終点の一段下に上がる。ナガサスの谷の右岸の急斜面区間は古いロープ柵があるが大部流れて荒れている。一段下からは右岸急斜面縁にフェンスがあり、フェンスに沿って上がると車道の終点に出る。

 フェンスの車道の終点正面に扉があるが、フェンス自体がすぐ上までである。フェンスの上端のすぐ上に古くからの歩道の路盤が下りてきている。車道終点からフェンス上端までは車道工事の際に斜面を整えたようで古い路盤がフェンスのどちら側にあったのか分からない。植林の斜面を斜めに上っていく。一回短くジグを切るがほぼまっすぐで川久保からの道に合流する。


橋立の橋から
右に入る

小菅川の川端から
振り返る

ススキの斜面を登って
振り返る

一旦ナガサスの谷に
下りて振り返る

また斜面に上がって
ナガサスの谷を振り返る

立ち木の大きくなった
フェンス脇

車道終点
フェンスの扉

フェンスより上の
植林の中の道

★ミズナシ沢詰め

 山沢川の源流のミズナシ沢の詰めで上がる道は小菅大菩薩道であったとは考えていないのだが、石丸峠から山沢集落と小菅の湯のバス停に下りるには最速の道である。

ミズナシ沢地図1ミズナシ沢地図2

 山沢集落から続く林道の舗装は820mの上水施設の前で終わる。車止めがあるが車幅の未舗装の道が870mまで続く。上水施設の下手から道の下の細い谷間に続くワサビ田は850mで谷幅が極まって一旦途切れ、小さな函のようなミズナシ沢を橋で右岸に渡る。橋を渡ると谷幅が広がり広いワサビ田を見下ろしながら上っていく。870mの車幅の終点はヤモウ尾根に上がる道との分岐で斜面上手側の谷筋のワサビ田から水が出ている。


舗装路終点間近
上水施設が見える

上水施設のすぐ先に
車止め

谷が狭まる所で
橋

右岸を輪を描いて
上がっていく

車道
終点

車道終点過ぎて
また谷狭まる

 歩道幅になった道を進むと谷が急に狭まってくる。狭い谷間にも細いワサビ田が続き、ワサビ田の畝の上の道となる。ワサビ田と反対側のミズナシ沢の流れの幅は殆ど変わらないように見える。狭まった谷間で二度木橋でミズナシ沢を渡る。また谷が広がりワサビ田を見下ろしながら上る。940mの右岸の枝谷は砂防ダムが多くあるのが見える。960mの二股は針葉樹の木陰で暗いがまだ両股にワサビ田がある。中村文明(2003)に山沢川本谷(右股)の地名が六つ挙げられ、そうした地名は古老からの聞き取りもあるだろうがワサビ田や山林の一筆ごとの地籍地名から拾われたものもあるのだろうと思う。上水施設の上辺りから高指山に延びる尾根がタカザス尾根、鞍部に突き上げるこの道の沿う最奥の沢がミズナシ沢だが、他の四つの地名がどこを指していたのか分からないのがもどかしい。山沢川の本流は流長でも水量でも最大で道の沿うミズナシ沢ではなく、林道の735m辺りで高指山の北東面に入っていく沢とされるようである。

 960mの左股に入ってすぐに中尾根に取り付き中尾根の尾根線上の道となる。細い尾根だが道幅は十分ある。

 上っていくと右に逸れて斜面の道となり、トチ巨樹コース分岐。過ぎて次の右岸の枝谷は籠石の土留めが沢山見える。またこの土留めの枝谷との中尾根のような尾根線上の道となる。この尾根線上の道もまた右に逸れて斜面の道となりもう水気の無い谷の右岸を上っていく。

 1220mのもう稜線の鞍部が見えだして左岸側に入って大きくジグを切り鞍部に上がる。960mの二股は両股ともワサビ田があるくらいだから水はある。ミズナシザワの名は水無しではなく「みね(峰)・の(助詞)・せ(背)・さわ(沢)」の転のミヅナシザワで稜線に上がる沢であることを言っていたのだと思う。野良猫をドラネコというように n と d は位置の近似から相通がある。


ワサビ田の畦道になる

畦道続く

谷が拡がり右岸を行く

右岸枝谷に砂防ダム見える

二股 左へ

中尾根の上の道

トチ巨樹コース分岐

石積擁壁が急斜面に埋まる

尾根筋間近の急斜面

参考文献
中村文明,多摩川源流部の淵・滝・沢・尾根等の地名とその由来に関する調査・研究,とうきゅう環境浄化財団,2003.(2026年9月6日閲覧)
金田一京助,増補 国語音韻論,刀江書院,1935.



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(2026年9月6日上梓)