山名考

芽室岳

 芽室岳の名はアイヌ語のメモロという川(芽室川)の源頭の山といった意味合いである。石川和介(関藤藤蔭)の観国録の安政3年9月6日条にオホツナイ(大津)辺りで聞いたらしいトカチ河(十勝川)上流について、舟で3日でサツナイブト(札内川河口)でそれより上は歩きで2日で「ミムロノボリ」という山があり、「ミムロノボリ」に行かなければ十勝川筋の形勢を一目で見ることはできないという、とする。ノボリはアイヌ語の nupuri[山]で、ミムロノボリは今の芽室岳のことと思われる。芽室岳からなら十勝川流域の大半が眺望出来る。近世のアイヌの人達が芽室岳に登って十勝平野を俯瞰していたらしいというのも興味深い。また、松浦武四郎の安政5(1858)年の手控(フィールドノート)に今の清水町御影の辺りから見える山の名の一つとして「メモロ岳」とあるのは芽室川水源の今の芽室岳のことと思われるが、メモロ岳のそれと分かるスケッチなどは無いようである。


芽室岳山小屋付近の地図

・アシユシヌプリ

 松浦武四郎の安政3,4(1856,1857)年の手控の一つとされる川々取調帳にメモロ(芽室川)の水源の一つとしてアシユシノポリとある。松浦武四郎の安政5(1858)年の手控にはアイヌの人からの聞き取りで芽室川筋の「水源アシユシ。後ろサルの領分ハンケヌウシと云に当るよし也」とある。同年の報文である日誌には「高山有、アシユシノホリと云。其岳の後ろサル領に当る。」とある。芽室岳の西側は沙流川支流パンケヌーシ川である。

 芽室川の最奥のほどほどの支流と言えば、芽室岳登山口で芽室岳山小屋のある処(標高600m)の二股の左股(芽室岳本峰北面沢)か、右股の520mほど上の二股(標高655m)の左右どちらかの支流と思われる。655mの二股の左右はほぼ同格だが、両股とも芽室方面から見える高山の芽室岳本峰には突き上げていない。芽室岳本峰北面沢を芽室岳に突き上げるメモロ支流の「アシユシ」と考える。

 1998年に新得駅から翌日に芽室岳に登るべく自転車で芽室岳山小屋に向かった時に思ったのは近づく山の斜面が高くなっても、最後まで道路の脇は広い緩斜面が続くと言うことだった。広い緩斜面の谷底のどん詰まりに芽室岳山小屋があった。芽室岳本峰北面沢は芽室岳山小屋の向かいにある。平らな緩斜面の上端で芽室川に落ちている、o- so eus -i[その尻・平らになっている所・の先についている・もの(川)]の訛ったのが芽室岳本峰北面沢のアイヌ語の名であったアシユシで、その水源の岳ということがアシユシノホリでアイヌ語の芽室岳本峰の名であったと考える。

 明治26(1893)年の北海道実測切図では芽室岳本峰北面沢と思しき沢が「ポロナイ」とある。その音からアイヌ語の poro nay[大きい・河谷]かと考えたくなるが、芽室岳本峰北面沢の谷の大きさは周囲の他の谷と大差ない。芽室岳山小屋より上手の655m二股の左股は「シュペッ」とあるが、源頭の日高山脈主稜線が大きく下がっている谷筋なのでポロナイではなく hur o- honne -i[山の斜面・そこで・たるんでいる・所]の転じた「ホロナイ」が655m二股の左股の名であり、芽室岳に突き上げる600m二股の左股が芽室川の本流源頭の一つであるシュペッ(sum pet)、古名アシユシで入れ替わっていたのでないかと疑う。


芽室川下流の地図

・芽室

 山田秀三(1984)は永田地名解を引用して「永田地名解は『メ・オロ・ペッ mem-oro-pet(泉池より来る川)』と書いた。地名として続けて呼ぶとメモロで,それに芽室と当て字された。メは清水の湧く小池のことであった。」とするが、松浦武四郎の「メモロフト」等の記録を見ると、メモロだけで川の名であったのだと思う。「フト」は putu[(川など)の口]で、メモロフトはメモロという川の落ち口ということである。

 井上寿(1985)の「メム・オロ・ペツ(泉池・のところの・川)である。その場所ははたしてどこをさすのであろうか。」と言う指摘がある。十勝の郷土史家をして芽室川に mem[泉池]を見つけられなかったと言うことなのだと思う。明治期のものも今のものも、地形図を見ても芽室川下流域に顕著な泉池がある様子が見受けられない。

 十勝川から芽室川の所に地形で見るものは、芽室川左岸の、国道38号線の芽室橋と、その下手の毛根中島橋の間にある比高40mの高台が十勝川に向かって突き出ていることでないかと思う。十勝川畔から突き出た高台まで600m以上の距離があるが、広大で平坦な十勝平野の中では顕著なランドマークだと思う。この突き出た高台が rum[頭]で、rum oro[頭・の所]という川の呼び方が、メモロに訛ったのでないかと考えてみる。「ミムロノボリ」であって「ミムンノボリ」でないので、メモロの語末は短形の or ではなく長形の oro と考えておく。

参考文献
秋山秀俊,十勝のアイヌ語地名 2 芽室町,pp33-52,14,アイヌ語地名研究,アイヌ語地名研究会・北海道出版企画センター(発売),2011.
木部誠二,福山藩蝦夷見聞「観国録」と有所不為齋雑録の北方関係史料,添川廉齋遺徳顕彰会,2017.
松浦武四郎,秋葉實,松浦武四郎選集6 午手控1,北海道出版企画センター,2007.
松浦武四郎,秋葉實,武四郎蝦夷地紀行,北海道出版企画センター,1988.
松浦武四郎,秋葉實,松浦武四郎選集5 午手控2,北海道出版企画センター,2008.
松浦武四郎,秋葉實,戊午 東西蝦夷山川地理取調日誌 上,北海道出版企画センター,1985.
北海道庁地理課,北海道実測切図「沙流」図幅,北海道庁,1893.
知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
中川裕,アイヌ語千歳方言辞典,草風館,1995.
山田秀三,北海道の地名,北海道新聞社,1984.
永田方正,初版 北海道蝦夷語地名解,草風館,1984.
井上寿,十勝アイヌ語地名解(十勝地名解補註),十勝地方史研究所,1985.
知里真志保,アイヌ語入門,北海道出版企画センター,2004.



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(2020年3月15日上梓)