山名考
蓬揃山
1896(明治29)年の陸地測量部の北海道仮製五万分一図に今の位置で山名として「蓬揃山」とある。1954(昭和29)年選点の山頂の四等三角点の、点名が「蓬揃山」で1996(平成8)年更新の点の記に「よもぎぞろやま」と振り仮名がある。独立した山と言うよりは雁皮山のコブのようである。北海道地名誌には「よもぎぞろいやま」とあるが、1965(昭和40)年以降の「市町村の担当部門における地名の確認」の結果のようなので、「よもぎぞろやま」の方が陸地測量部から後身の国土地理院に引き継がれた本来の音により近い可能性が高いのでないかと考える。尤も、点名に振り仮名のない古い点の記等に後から振り仮名が加えられるということもあるという話なので、今の点の記にある振り仮名がそのまま1954年や1896年まで遡るかは確実とは言えない。
日高耶馬渓にヨムケペシがある。北海道実測切図によると今の国道336号線の琴似覆道のある所の断崖である。ペシは pes で水際の崖だが、ヨムケとはどういうことか。アイヌ語沙流方言の yomomke などの項に「学術的な研究成果ではなく、仮に推測しただけのもの」とされるが語構成または語源として yom に「(ひきつることを表す擬態の語根)」などとある。また、-ke の項に「擬音や擬態、中でも主に擬態の語根やその重複形について自動詞をつくる。」とある。yomomke は yom の重複に -ke がついて「やけどのあとがひきつる」などだが、ヨムケペシがひきつったような水際の崖であることを考えると、重複しないでひきつることを表す yomke という自動詞の存在を推定する余地はあると思う。
蓬揃山の辺りで日高耶馬渓の海岸にある断崖に似たひきつった所と言えば、北隣の蝦夷松山の尾根である。yomke tu oro[ひきつっている・峰・の所]かとまずは考えてみた。だが、ひきつっているのは蝦夷松山の尾根筋ではなく尾根筋の下の斜面である。tu が濁って du になったとしても日本語耳に「ぞ」とは違う音になりそうである。yomke hur[ひきつっている・山の斜面]かと考え直すも、蝦夷松山と蓬揃山は少し離れている。蓬揃山は蝦夷松山の急峻な斜面に張り付いているわけではない。日本語だと h と s に相通があるが、「そ」は「ぞ」と違う音とされそうである。
ひきつった斜面の傍ということで、yomke hur ca or(o)[ひきつっている・山の斜面・の傍ら・の所]で、傍の一角のコブのことと考えると母音の連続をまるめて「よもぎぞろ」と聞かれることがありえそうである。
「よもぎぞろい」が昭和40年代まで地元に伝わっていた本来の音であったなら、yomke hur ca or o -i[ひきつっている・山の斜面・の傍ら・の所・にある・もの(山)]ということではなかったかと考えてみる。
参考文献
陸地測量部,北海道仮製五万分一図「大舟峠」図幅,陸地測量部,1896.
NHK北海道本部,北海道地名誌,北海道教育評論社,1975.
永田方正,初版 北海道蝦夷語地名解,草風館,1984.
北海道庁地理課,北海道実測切図「浦河」図幅,北海道庁,1893.
知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.
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