モッチョム岳(940m)

尾之間から見たモッチョム岳

 屋久島最南端の山。その海に間近な位置と船の舳先のような岩峰の山頂であることから、山頂に立てば白波立つ海原を見下ろし、太平洋を進む(映画の)タイタニックの気分である。一時は登山道にヤブがかぶったりしていたが、今日ではツアー登山も行われ屋久島メジャーの仲間入りだ。原からの正面登山道は昔の台風で倒木がひどく放棄されたそうな。現在はほとんどタナヨケ歩道から登られている。漢字では本富岳と書く。持右衛門岳(もちえもんだけ)と書かれたこともある1)


歩行日・・・1997年11月20日、2004年4月25日
五万図・・・「屋久島東南部」
時間・・・駐車場-2:00(タナヨケ歩道)-山頂


 千尋の滝駐車場が登山口。階段を登るとすぐ十字路があり「オダキ山」の標識があるが直進する。右は千尋の滝展望台に下り、左は原集落に下りる昔の道のようだ。

 駐車場の水道施設のある沢を渡り、しばしトラバースすると急登が始まる。かなり急登である。足元はクラマゴケやカンツワブキの緑がまぶしい。千尋の滝駐車場までの道路沿いまではカンツワブキは見られず普通のツワブキのみだが、標高が上がってタナヨケ歩道に入ると、ほとんどカンツワブキでツワブキの葉はほとんど見られない。旧原歩道の分岐には虎ロープが掛けてあった。いや、タナヨケ歩道より原歩道の方が歴史が長いのであろうが。


普通のツワブキ

カンツワブキ・・・花がないけど・・・
万代杉
万代杉
万代杉裏から見ると裏から見ると・・・

 一旦、平坦になると樹林が開け少し風通しのいい所だ。1997年に登った際はこのあたりのヤブがやや道にかぶり、イバラのツルが痛かったが2004年には気持ちよく歩けた。

 比較的平坦な中で北斜面に入り、沢を渡渉する。ここから先、登りは緩急を付け万代杉を経て神山展望所まで登る。

 万代杉は、樹齢こそ奥岳の名のある屋久杉より若いものの太さでは縄文杉を凌ぎ、着生が少なく、枝ぶりも堂々としてまだ生命力あふれる若々しいその幹に触ることもできる。しかし裏から見ると中は空洞になっている。万代杉の下は座りやすい木の根が多く、休憩適地で大休止を取るグループが多いのであろう。少々トイレの臭いがした。登る前に千尋の滝駐車場のトイレで済ませましょう。

モッチョム太郎
モッチョム太郎

 次に沢を渡ると、そのすぐ先(10m)の道の右下に屋久杉「モッチョム太郎」がある。渡渉点としての水場はここが最終だ。これより上で同じ沢に登山道が寄ることはあるが、もう渡ることはないのでここで汲んでおいた方がいいかも。モッチョム太郎はスッキリした感じであるが腰ほどの高さに鋸の跡があり、幹の断面の半分くらいは切られている。しかし上を見上げるとわりと元気に茂っているように見える。上のほうの杉の梢は着生による別の杉なのだろうか?上のほうも突然幹がなくなっているようにも見える。

 先ほど渡った沢が再び登山道に寄り、水音が近づき、再び遠くなると登山道は北面をトラバースするように登っていく。数箇所、ロープがかけてあるところがある。

 神山展望所の尾根に出ると、モッチョム岳のとがった姿が見えるが、既に標高はモッチョム岳の高さと殆ど同じで、これから下りなければならない。下降点までしばらくは平坦な尾根歩きだ。

 神山展望所は標識のある所から右手の北面を回りこんで露岩の上に立つが、ほとんど寄っていく人はいないようでわずかな距離だが荒れている。ロープも掛けてあって行くなと言っている。確かに「神山」である耳岳や割石岳はモッチョム岳本峰からもよく「展望」できるので敢えて登らなくてもいいと判断するのかもしれない。ここの標識の登山所要時間は驚異的である。現代の登山者は真に受けないように。神山展望所付近からのモッチョム岳

 展望所分岐から少し下るとモッチョム岳正面登山道分岐がある。モッチョム岳のもう1つの屋久杉「モッチョム花子」は正面登山道沿いにあるそうな。分岐には標識があるだけで周囲はすっかりヤブで標識がなければ分岐が右にあったのか、左だったのかもわからない。地元の人の話では登りながらモッチョム岳の姿が常に見えているのでいい励みになって登りやすかったとのことで、すっかり使えなくなってしまったのは残念だ。しかし、登りいっぺんでつらいだけで面白みのない道だったと言う意見もあった。

 モッチョム岳の頂上へはこの先、大きなものが2回、細かいものも数えると5回の登り返しがあり、木の根やロープにすがるきつい道が続く。展望所の看板では「20分」と書かれているがそれは無茶である。尾根はやややせて岩場もあるので春ならヒカゲツツジなどが美しい。最後に二つの巨岩の境に太く黒いロープが下げてあり、これにすがって登ると山頂に着く。

 山頂の展望は非常に良い。よくこんな所に来られたもんだという感想がまず出た。南側の海側はストンと切れ落ち、北側の「神山」はほとんどの斜面が一枚の岩肌である。山頂から南側には細い白いロープが下がっているが、これを下がると岳参りの祠がある。岳参りの神様は里の方を向いていらっしゃる。黒いロープより少し下手に東側を巻く踏み跡があり、すぐに尾之間集落の名の入った小さな岳参りの祠がある。昔は原からの正面登山道の他に尾之間からの登山道も複数あった2)

モッチョム岳からの原集落付近の展望
原集落方面の展望
モッチョム岳から見た耳岳・割石岳
「神山」耳岳・割石岳の展望


 モッチョム岳は「日本一の陰陽山」と言われる。尾之間方面から眺めると、横から見た「陽」のいきり立つ姿である。 「陰」は麦生集落方面からお昼頃の陽射しの中眺めると、影が入ってリアルな「陰」が山肌に見える。

 モッチョム岳の名前の由来は「陰」の方の種子島地方の方言、「モッチョー」だと云う3)。人の多い種子島側から船で近づいて来れば、見えるのは確かに「陰」の方である。が、「もっちょ」まではモッチョーに由来するとしても、最後の「む」をどう解釈すればよいのか分からない。何か他の語源を考えるべきなのかもしれない。

参考文献
1)山本秀雄,文献資料紹介16「下屋久村郷土誌」,生命の島,16,pp74-83,屋久島産業文化研究所,1990.
2)角範次,屋久島西南部略図,こだま,1932(1),附図,蘇友会,1932.
3)太田五雄,屋久島の山岳,八重岳書房,1993.



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(2002年6月22日初版上梓 2004年5月3日リニューアル)