ビャクダン岳(標高不詳)

 小花之江河の東方にある卵状の巨岩を乗せた1ピーク。古い本にその名があり、名前がついていたなら祠か何か岳参りの痕跡が残っていないか、見に行ってみた。

登山日・・・2005年10月6日
五万図・・・「屋久島東南部」
参考時間・・・行き0:35 帰り0:25


 淀川宮之浦岳登山道からの距離は約200mである。ヤブは南側(北斜面)がやや薄く、北側(南斜面)はかなり濃密である。距離のわりには苦労させられた。

 山頂南側の露岩に出ると、あとは登るのは簡単であった。卵状の巨岩の足元には花崗岩に発達するというグナマと思われる穴が4つほどあった。4つとも水が溜り、1つは卵状石の蔭になっているからか、苔むしていた。卵状の巨岩をぐるりと廻ってみたが、祠などは見つけられなかった。


登山道から見たビャクダン岳(手前)

グナマ?と大きさ比較用の帽子

山頂の様子

グナマ アップ


卵状の巨岩アップ

 ビャクダン岳の名、「ビャクダン」は日本国内ではビャクシンと混用されて、針葉樹「ビャクシン」=イブキを指している。ヤブ漕ぎが厳しくてビャクシンが生えているかまで確認を忘れていた。

 「ビャクダン」、「ビャクシン」の名は屋久島の山中では他にも見られ、この尾之間歩道安房歩道の間のビャクダン岳のほか、宮之浦歩道(平石付近)の脇にビャクシン岩、栗生歩道上にビャクダンガ峰(明暦屋久島大絵図に描かれる「白檀峯」と同一か)、安房歩道の南側に荒川の支流としてビャクダン沢の名がある。ビャクダン沢はともかく他のビャクダン・ビャクシンは丁度奥岳の入口ともいうべき位置にあり、現在では「ビャクダン」への岳参りは湯泊地区でのみ文献に現れるだけで、事実上、どの集落でも行われていないようだが、本来、テンプレートとしての岳参りには奥岳の玄関として、或いは奥岳と前岳の境界として、ビャクダンでも祭事が行われていたのではないかと想像してみたりする。

 遠崎史朗著「海上アルプス屋久島連峰」では、このピークを「ギロン岳(タクワン石)」と書いていたが、タクワンなら本高盤岳の方が相応しい呼び名のような気もする。謎である。同著では本高盤岳は「サクラ岩」と書かれていた。

参考文献
遠崎史朗,海上アルプス 屋久島連峰,雲井書店,1967.
池田碩,花崗岩地形の世界,古今書院,1998.



トップページへ

 資料室へ 
(2005年10月20日上梓)