風不死岳の位置の地図
風不死岳大沢コースの地図
風不死岳(1102.4m)大沢コース

 風不死岳は札幌近郊支笏湖畔にそびえる死火山。恵庭岳、樽前山と共に支笏湖の景観の重鎮をなす。「風不死」はアイヌ語の山名がフプヌプリhup us nupuri[椴松・群生する・山]ではないかとされ、その前半に漢字を宛てたもの。

 登山道は樽前山の登山口と同じ所から登るルートがよく知られているが、支笏湖畔から直接登る大沢コースは利用者が少ない分、ワイルドである。岩がもろく狭い沢の中を行くのでヘルメット持参が良いと思われる。


 国道から林道を5分ほど歩くと大沢コース入り口に着く。ザイルなど登攀用具の持参を勧める看板が立っている。


F2

 沢に下りるが水は流れていない。人があまり入っていないせいか、苔むしてゴロゴロした石がこなれていないので歩きにくい。しばらく行くと細い水流が現れるが靴を濡らすほどもない。

 核心部に滝が4つ。最初の滝は2-3m。滝右をへつる。その後、沢が急に狭くなりチョックストーンの滝。左岸から巻く。長くロープがたらしてあるのですぐわかる。泥斜面で登り始めが急で少し滑る。巻き道は高いがトラロープが渡してあり、わりと至れり尽せりな感がある。沢に下りるとすぐに3つ目のほぼ垂直な7〜8mの滝。右岸のガレ状の水を含んだ壁を登る。しばらく進むと最後の同じく垂直な7〜8mの滝。左岸のルンゼ状の所を登り左に抜け、滝口を左に見ながらブッシュに掴まりトラバース。ちょっと岩登りの雰囲気があるが高さがない。これで核心部は通過。

 この後は、平たい石の累積した急なガレ場が続く。水がなくなってしばらく登っていると右寄りのオオイタドリのブッシュの中の赤テープが現れ、これに沿ってトラバースしていくと北尾根コースに合流する。沢を最後まで詰めようとすると直下の岩場で面倒なことになりそうだ。登れないことはなさそうだが岩がもろいので恐い。北尾根コースに出れば頂上はすぐである。水の最終地点は湧き水状になっている。

 帰りは、北尾根コースを下山すると1時間半ほどで、大沢口よりシシャモナイ寄りの林道を経由して国道に出る。上部は支笏湖、恵庭岳の展望がよい。下の方も木が太く感じの良い林だ。しかし林道まで降りると細い若木ばかりであった。


★川名考

 大沢のアイヌ語の名はエパラセッピナイと伝えられる。北海道実測切図等、明治時代の地図にある。


風不死岳と
大沢谷頭部(右)
モラップ山から

 長見義三(1976)は、i para sep pinay[それ=沢=の・口・広い・かれ沢]と解き、アイヌの古老の「末広のかれ沢」と言う意訳を伝える。榊原正文(2002)はe par sep pi nay[それの・(入)口・広い・小石(涸れ)・川]と解き、谷頭部が広く、且つ大きく浸食を受けていることを指している地名とする。支笏湖温泉やモーラップ方面から眺めると風不死大沢の谷頭部が大きく開いているのが見える。

 谷頭部で大きく広くなっていることがランドマークになりそうだということは、地形図は元よりモラップ山や恵庭岳から見て遠目にも明らかなので榊原正文(2002)を支持したい。が、parはアイヌ語の「口」だが、谷頭も「口」というのか疑問が残る。e-は「それの」のようなニュアンスで用いられる場合は動詞に接頭するので、名詞のparの前で「それの」と訳すのは文法的に怪しい。sepが自動詞なので、e- paro sep pinay[その頭・その口・広い・涸れ沢]となるか、e- par o- sep pinay[その頭・口・そこで・広い・涸れ沢]かと考えてみるが、頭と口という、近い場所を指す言葉を続けて意味があるのかどうかが気になる。三音節目が、後者ではo-e-だったとしても、ラの音にならないのも気になる。i- paro o- sep pinay[それ・の口・そこで・広い・涸れ沢]なども考えてみるが、i-pinayが同じことを指すことになるのが気になる。遠目に谷頭部が広くなっているとはいえ、実際に大沢を遡行してみると、谷の広さには特に気がつかなかったのも個人的経験とはいえ気になる。pinayは「小石川」、「谷川」という訳が辞典に見られるが、支笏湖周辺では「涸れ沢」の意味で使われているような気がする。

 アイヌの古老の「末が広い」という説も一部に原義を含んでいたと考え、e- para 〔sep pinay〕[頭・幅が広い・広い・涸れ沢]で、sepは湖岸付近の谷の広さを指し、paraが谷頭部の広さを指していたのではなかったかと考えてみる。この解はsep pinayが一つの単語のように捉えられていないと成り立たない。他のセッピナィと比較されての命名と考えるが、「ちとせ地名散歩」、「データベースアイヌ語地名3」を見る限り、支笏湖周辺にピナィの地名は複数見られるがセッピナィの地名は他に見当たらない。まだ考える必要がある。

 par[口]はcar[口]の音が変化したものだと言う。その逆向きの音の変化の混同でe- carase pinaye- parase pinay[その頭・ザァッという・涸れ沢]で、水の無い沢ばかりの風不死岳周辺で、大沢という湖岸付近では水の無い涸れ沢が、その頭である上流では滝場を為して水流があることを言ったものではなかったかと考えてみる。

 松浦武四郎の安政4年の日誌に支笏湖南岸の地名として「イチヤワツナイ」が挙げられているのが気に掛かる。日誌でイチヤワツナイは「中川、タルマイノホリの東の方より落る」とされ、榊原正文(2002)はイチヤワツナイは「クチヤワツカナイ」の誤記であろうとし、明治時代の地図にある「クチャワカナイ」のことで、その位置をモーラップキャンプ場の西1.5kmの紋別橋のかかっている涸れ沢とする。

 松浦武四郎の記録は本文だけでなくスケッチでも「イチヤワツナイ」なので誤記とは考えにくい気がするが、スケッチで振られた位置はヘンケモラフ(モラップ山の出崎)と風不死岳の北東斜面が支笏湖岸に迫っているシリシヨ(榊原正文(2002)ではsir-sutとされる)の間で、大体紋別橋の辺りの印象である。だが、松浦武四郎は千歳川落ち口付近での聞き取りであり、「遠く指さし教示されしによつて、却て手前の岸は聞訛(誤)りしもあらんと覚ゆ」としている。クチャワッカナイについては分からないが、イチヤワツナイはエパラセッピナイの少し前の姿で、e- carase nay[その頭・ザァッという・河谷]の訛ったものではなかったかと考えてみる。

参考文献
山田秀三,北海道の地名,北海道新聞社,1984.
俵浩三・今村朋信,北海道の山(アルパインガイド23),山と渓谷社,1972.
長見義三,ちとせ地名散歩,北海道新聞社,1976.
榊原正文,データベースアイヌ語地名3 石狩U,北海道出版企画センター,2002.
知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
中川裕,アイヌ語千歳方言辞典,草風館,1995.
田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.
知里真志保,アイヌ語法概説,知里真志保著作集4 アイヌ語研究編,平凡社,1976.
松浦武四郎,秋葉實,丁巳 東西蝦夷山川地理取調日誌 下,北海道出版企画センター,1982.



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(2002年3月12日上梓 2008年3月4日標高修正)