山名考

藻琴山
もことやま

 多くの別称を持つ山である。括弧内はそう呼んでいた地方。

★トエトクシペ
 知里真志保がアイヌ語入門で記した山そのものを指すトエトクto etok us pe[湖・の奥・につく・もの]はよく知られている。しかし松浦武四郎の記録にトイトクシベツノボリ/トウエトクウシペツノポリというものがある。この音の記録を見るとto etok us pe/petという川があり、その水源の山と言った意味合いが先であったように思われる。

★ウライウシノホリ/ウラエウシノホリ(シャリ)
 浦士別川uray us pet[やな・ある・川]とされる川の水源の山(nupuri)と言った意味合いである。或いはuray us pet[やなで魚をとる・いつもする・川]か。地形などのランドマークに基づかないのでurayでの説明には疑問が残る。

★チナーエプ(クスリ)
 松浦武四郎の記録にチナーヱフ/チナアヱフとある。やはり知里真志保のアイヌ語入門にある藻琴山の山争い伝説のヌプリエペレに因むもので、アイヌ語のci-naye p[すじをつけられる・もの]と思われる。オプタテシケ(ピンネシリ)の槍で、すじ(キズ)を付けられたということである。実際は伝説が後で、すじをつけられたような地形(ドンドン川)があったと言うことなのだろう。ヌプリエペレはアイヌ語入門ではnupuri-e-pere-p[山が・顔を・割った・所]とされる。

★ヤンベツノホリ/ヤンベツ岳
 止別川ya wa an pet[陸の方・に・ある・川]とされる川の水源の岳(nupuri)と言った意味合いである。

★モコト山
 藻琴湖のモコトであるが山田秀三(1984)は「その語義不明」としている。浦河の向別などは或いは「モコ」の部分の類例かと考えてみるが、山田秀三(1984)は向別に関しても煮え切らない書き方である。音が離れているが、藻琴湖に下りてきていた文化6年に開かれたという阿寒越の道にはそれ以前にアイヌの人だけが使っていた前身の道があり、ru -ke o to[道・の所・にある・沼]だったのではないかと考えてみる。向別も中程にタンネルベツ(現在のタンネベツ川と思われる)という、道の存在を示しているような支流があった。但し、ルがモになるのは訛りかとしか説明できない。ru kot to[道・についている・沼]の方がより伝わる音に近いような気もするが、紐などが付いていたり、紐などで結びつけられて付いていることを指すというkotが、ru[道]も紐のようではあるが、付いていることを指すのによく使われるousを差し置いてこの場合に使われうるのかどうかよく分からない。

参考文献
知里真志保,アイヌ語入門,北海道出版企画センター,2004.
松浦武四郎,秋葉實,松浦武四郎選集5 午手控1,北海道出版企画センター,2007.
松浦武四郎,秋葉實,戊午 東西蝦夷山川地理取調日誌 上,北海道出版企画センター,1985.
田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.
中川裕,アイヌ語千歳方言辞典,草風館,1995.
知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
山田秀三,北海道の地名,北海道新聞社,1984.
松浦武四郎,高倉新一郎,竹四郎廻浦日記 下,北海道出版企画センター,1978.



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(2014年6月22日上梓)