山名考

エタンパック山

 宗谷丘陵の山で、現行(2017年)の国土地理院の地形図では猿払村と稚内市の境の稜線から1kmほど猿払側に張り出した高まりに313mの標高点でその名が振られるが、そこから北西に1.4kmの市村界の稜線上に三等三角点「恵丹白」313.3mがあり、ほぼ同じ標高である。両地点の間の鞍部の標高は250m程であり、一つの山塊と見なせそうである。

 松浦武四郎の安政3年の記録にオホーツク海側からのスケッチを合わせてエタンバコノホリなどとある。安政5年の記録にもカアレ川(狩別川)水源・マクンベツ(声問川)水源として挙げられ、「平山也」とされている。

 永田地名解に「Etanpakuhu エタンパク 溺レ山 洪水ノ時水ニ溺レタル山」とあるが、そのような伝説は信じられない。「溺れる」はアイヌ語で esum とか raworer というらしいので違う言葉で、e- raw pak oo(その頭・沈む底の方・まで・深い)とでも解したものかと考えてみるが、意味が分かりそうで分からない。繋がる最後の小文字の「」もよく分からないがローマ字表記を見るに「フ」の小文字は誤植で、本来は普通サイズの文字のつもりであったか。名詞の所属形長形形成接尾辞の -uhu で終わっているように思われるが、「溺レ山」の訳と分かち書きのないローマ字表記では何を所属形にしたのかも何に所属したのかも分からない。アイヌ語北海道北部方言での oo が北海道南部/樺太方言だと oho になるので、普通サイズの文字だったとしたら永田方正に伝えた宗谷のアイヌの古老が北海道南部/樺太方言的に発音したとすれば考えうる要素になる気はするが。

 村上啓司(1979)は、「そこ・タバコ・吸う・所(者) エ・タンパク・ク・プ」ではないかとしているが、現代の喫煙所でもないのだから、タバコを吸う場所を指して地名にしたとは考えにくい。火山でもないのだから煙が出ている山と言うこともない。エタンパククで、クが二回現れるのは無理がある解釈のように思われる。「そこで」などと訳されるエは動詞の語幹に付く接頭辞であり、名詞の tanpaku 等には付かない。エが「そこで」ではなく「その頭」だったとしても、タバコを吸う主体が所でなく人なら、usi などが用いられそうである。但し、アイヌ語方言辞典を見ると十勝方言では tanpaku で「タバコを吸う」という動詞であり、他地方で名詞とされていると言うことで名詞的用法のある一項動詞と思われ、e- tanpaku p[その頭・タバコを吸う・もの]は文法的にはありえそうである。また、旭川地方のアイヌ語で溺れることを、「エタンポ エタンポ キ コラン(アップ アップ している)」と表現していたことがあったようだとして、永田方正の「溺れ山」はこうした言葉の付会ではないかと推測している。

 二つの同じくらいの高さの高まりを持つ山ということのアイヌ語の e- tu hom upak o nupuri[その頭・二つの・こぶ・同じくらいで・ある・山]がエタンバコノホリということであったと考える。エタンパックは最後の nupuri の部分が落ちて、副詞(upak)のついた他動詞の o に一つの項(tu hom)が付いて臨時的な合成自動詞ということで、自動詞の名詞的用法で山の事となっていると考える。エタンパックの場合の o の訳語は一つの単語としての意味ではないのでイタリックとしておく。

 萱野茂のアイヌ語辞典では pak の和訳の一つに「〜と同じ」とある。upak は副詞だが、u- + pak (互い+ほど)の語構成でないかとされる。「互いほど」で「同じ位に」の意味になるなら tu hom pak で「二つのコブが同じ位に」の意味になりそうな気がする。pak は後置副詞で、後置副詞の pes は副詞としての「〜に沿って下方へ」だが、地名アイヌ語小辞典に「それに沿うて下る」の意の他動詞としての項あるので、pak にも他動詞としての用法があり、その前の部分を一つの項として他動詞につなげて合成自動詞とみなし、自動詞の名詞的用法ということで、e- tu hom pak[その頭・二つの・こぶ・(同じくらいの)ほどであること(山)]でエタンパックなのではないかとも考えてみるが、e- tu hom pak nupuri だとエタンバコノホリの「コ」を説明しにくい。pak の閉音節末が前の母音とは別に響いていると考えてよいのか。この場合も pak の訳語は他動詞として辞典等に見ていないのと、一つの単語としての意味ではないのとでイタリックとしておく。

 エタンパック山は平たい山で特に西側の三角点「恵丹白」の方は北方が特に平たい。二つに分かれて見えて、南北にに延びるそれぞれの高まりがコブのように見える南方から見ての山名でなかったかと考える。永田地名解のエタンパクe- tu hom upak に更に何らかの言葉が続いた語か、その続いた語の転訛の音でないか、〔e- tu hom upak o〕or[エタンパコ・の所]でないかという気がするが、更に考えたい。

 旭川に似た音を持つ江丹別川がある。江丹別を山田秀三(1984)は「旭川市史の・・・『・・・エ・タンネ・ペッ(e-tanne-pet 頭・長い・川)の義でもあろうか』とした意見を採りたい。」としている。また、近文の古老が「『古い人は、エタンベツは和人が縮めた名だ、本当はエトコタンネベツと呼ぶのだといっていましたよ』」と話していたのも支持しているようで、「江丹別川の下、中流はずっと一本川であるが、源流部まで上がると小平野があって、・・・そこから手の指を拡げたように枝川が左右に拡がって」いることを指摘し、「正にエトコ・タンネ・ペッ(水源が・長い・川)であった。」としている。

 地形の指摘は支持したいが、江丹別川で長い感じがするのは上流部ではなく中下流部ということではないのか。それなら水源やその頭が長いとは言えない。水流の水源やその頭のことを言うなら、枝分かれしているとか、両側に分岐しているとか言うべきだろう。

 また、山田秀三(1984)は江丹別川上流の各支流の名の検討で、「以上の地名から見ると、アイヌ時代はいくつかの処を越えていたのだった。」として、山越えする場所が江丹別川上流に複数あったことを指摘している。

 エトコタンネベツだが、天保郷帳に「ヱタンベツ」とあるというので和人が縮めたのではなく、別名としてあったのではないかと考えてみる。

 エタンベツ川上流域に道があることを言う、e- ru -na pet[その頭・道・の方の・川]か、etok(o) ru or ne pet[その先・道・の所・である・川]の転訛がエタンベツとエトコタンペッではなかったかと考える。旭川盆地から石狩川に沿って江丹別川落ち口に回り込むと遠回りで急斜面の近文山の裾を通らなければならないので、真清水川などから山並みの鞍部を越えて江丹別上流域に入る道であったと考える。エタンパックの類例ではなかったと考える。

参考文献
松浦武四郎,高倉新一郎,竹四郎廻浦日記 上,北海道出版企画センター,1978.
松浦武四郎,秋葉實,松浦武四郎選集3 辰手控,北海道出版企画センター,2001.
松浦武四郎,秋葉實,松浦武四郎選集5 午手控1,北海道出版企画センター,2007.
永田方正,初版 北海道蝦夷語地名解,草風館,1984.
田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.
村上啓司,道北の山の名,pp43-47,330,林,北海道造林振興協会,1979.
服部四郎,アイヌ語方言辞典,岩波書店,1964.
萱野茂,萱野茂のアイヌ語辞典,三省堂,1996.
知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
田村すず子,アイヌ語,言語学大辞典 第1巻,亀井孝・河野六郎・千野栄一,三省堂,1988.
山田秀三,北海道の地名,北海道新聞社,1984.
竹内理三,角川日本地名辞典1 北海道 上巻,角川書店,1987.
知里真志保,アイヌ語入門,北海道出版企画センター,2004.



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(2017年4月16日上梓 2023年4月25日改訂)