国道277号線雲石峠から見た岩子岳

岩子岳(801.6m)

 道南は渡島の八雲町と桧山の熊石町の境に雲石峠をはさんで名峰雄鉾岳と対峙する栗の実のような形の、石英斑岩の塊とも言える鋭峰。峠からよく見え、昔の旅人にも親しまれてきたことだろう。本州四国九州にあったら「蕎麦粒山」と名づけられてもおかしくなかった形状だ。

 石英斑岩は花崗岩と同じ酸性岩の半深成岩。花崗岩からなる遊楽部岳とは叔父と甥のような関係だ。


 前夜は八雲町営温泉おぼこ荘に泊まった。

 ルートは岩子岳の東の610mほどのピークの南から南東に延びる尾根を採った。尾根の末端付近の八雲町側から来るとピリカベツトンネルをくぐって橋を渡った先に駐車帯があるので、そこに流れ込む小沢から登り始めた。この小沢は上で2段のボール状になっていて、下のボールは雪崩の危険がある。登頂日は全て落ち切ってデブリになっていたが、下見の前週は念の為、駐車帯の東の端から登る尾根を回り込んだ。この尾根はアップダウンがあり、やややせていて疲れるが、ボールの西壁をなす尾根本体末端は急傾斜でもっとやせていて疲れそうだ。

岩子岳の地図

 二段目のボールは広々している。スキーをしたくなる地形だ。このボールを登り、白樺(ダケカンバかも)の細い木のやや密に生えた斜面を登って尾根上に出る。尾根に登ると朝日に輝く雄鉾岳が美しかった。しかし樹木が多く、すっきり眺められる所は少ない。おぼこ荘かバス停付近の建物「ピリカベツ山荘」のものと思われるアンテナがあった。尾根の南側はヤブに覆われた急な崖だが、北側は広々としたブナを主体とする疎林だ。岩子岳の山頂も尾根のはるか向こうに既に見えている。雲石峠から見る南東面と南西面を合わせた姿でなく、南東面だけしか見えないのでほっそりして見える

 380m標高点までは広々している。一部、若いトドマツの植林の部分がある。それより上では610mのコブまで、なだらかな部分もあるもののヤセ尾根が主体で、雪堤も恐ろしいものが多いので、ヤブを漕ぐことがある。610mのコブの上から見ると、もう一本東の尾根は広くなだらかで、林道か作業道らしきものが見えた。2段目のボール状の上から一旦30mほど下りて沢を渡って、この尾根に取り付いた方がヤブを漕がなくてよい分、早かったかもしれない。通行止になっている国道の旧道からこの尾根に上がる林道があったのかもしれないが確認していない。


雄鉾岳

610mのコブ附近から見た
岩子岳北東面

 610mコブから岩子岳方面は二重山稜のようになっているが、南側が本当の吊尾根で、北側を辿ると後で少し登り返さなくてはならなくなる。

 岩子岳の東の肩には前日くらいのクマの足跡があった。ひびの入った雪庇の上を当然の如く歩いている足跡があったので、「何と危ない登山者!」と思ったがよく見るとクマの足跡だった。自分の掌よりやや大きい後ろ足の跡だった。雪庇の上をウロウロとし、下りる場所を探しているような足跡だった。

 岩子岳の東斜面は急だが、持ち上げる膝が雪面に当たるほどは急でなく、ピッケルを刺して足を蹴りこんで登る。ざらめの下に硬いアイスバーンがあってキックが入らないことがあり、少し登りにくかった。山頂が近付くと樹木がほとんどなくなり一枚斜面になる。稜線は東西に細長く、東寄りはスノーリッジになっていたが北面の傾斜は中腹より緩み、リッジ自体の傾斜も緩く、それほど恐くはない。最後は樹木と笹ヤブが現れて山頂着。冷水岳が近く、遊楽部山塊が大きく険しい。狩場山方面もよく見えた。海は当然西にも東にも見え、駒ヶ岳もよく見えた。風が強かったので、少し下がって南向きの笹ヤブの中で昼食。

 下山は南面を採った。山頂直下の南面は薄い樹林の下に崖が見えていて、下りて行けなさそうな雰囲気だが、少し東寄りは急傾斜なものの笹原が広がっているので、急傾斜の笹ヤブ・草付きに強いスパイク足袋に履き替えてヤブをつかんで下りた。笹原の丈は腰から膝でそれほど濃くもなく、下山にちょうど良い具合だった。末端の南の肩の上20mほどは斜度が一段と厳しく笹が薄く、事前に見ていた写真では岩場の草付きのみが予想されたが、実際に行ってみると草付きに少ないながらも潅木と笹が生えており、スパイク足袋の効果もあったが、危険を感じることなく下りてくることが出来た。この草付きの下にはデブリがたまっていた。冬場の南斜面に積もった雪は次々雪崩て落ちていくようだ。

岩子岳から見た遊楽部岳方面
遊楽部山塊
岩子岳の岩アップ
南壁のアップ

 遠方から一枚岩の崖のように見える岩子岳南壁は、瓦のようなやや丸みを帯びた小岩が積み重なっているように見えた。岩は石英斑岩。シミのような黒っぽい粒の混じる半深成岩である。昔の小さな火山の根にあったマグマ溜りがゆっくり冷えたのが岩子岳の誕生だったのだろうか。地質図で見ると泥岩・砂岩などの堆積岩の群の中に、ポコンと火成岩の岩子岳がはまっている。比較的浸食に強いということなのだろうか。

 再び登山靴に履き替え、雪も緩んできたのでワカンを装着し、雲石峠に向って起伏のある穏やかな丘を越えていく。雲石峠までの尾根では、はじめの544m標高点の北のごく短い区間だけやせているが、ヤブに入ってしまえば問題ない。最後の528m標高点の周辺はやや地形が複雑だが、晴れていれば問題はないだろう。528m標高点は東から巻いてしまう。雄鉾岳はこちらから見ると獅子舞のようだ。二本の角の本峰と西峰、後ろの海見平が風呂敷をかぶった胴体のようだ。雲石峠からの岩子岳に向けてこの尾根にはスキーの跡があった。これだけ目立つ山だ。登りに来てみる人はいるのだろう。しかし、南面の下った稜には獣道も踏み跡もなかった。スキーメインの季節では雪崩で取り付けないで帰ってしまうのだろうか。

南から見た岩子岳
南から見た岩子岳
北から見た雄鉾岳
北から見た雄鉾岳
岩子岳南面
岩子岳南面アップ
中央の稜(緑から黄色の部分)を下りた

★山名考

 当初は岩が露出していることや、岩場の岩が積み重なっているように見える岩であることから、「岩っこ」岳かと考えていた。

 明治23年の北海道実測切図に「岩子山」とあるのが古い記録のようである。

 岩子岳は南北を昔のアイヌの人々の峠道に挟まれているようである。南側は雲石峠で、北側はペンケルベシュベ川からスベリ沢に下るルートが考えられる。

 道が有る所である、ru w orke[道・(挿入音)・の所]が「イワコ」の元だったのかも知れないと考えてみる。

参考文献
渡辺隆,蝦夷地山名辞書 稿,高澤光雄,北の山の夜明け,高澤光雄,日本山書の会,2002.
北海道庁地理課,北海道実測切図「駒岳」図幅,北海道庁,1890.
田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.



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(2004年4月10日上梓 2017年7月18日山名考追加)