青葉山(東峰693m・西峰692m)
今寺道・中山道

 4本の登山道がある山なので再訪した。高浜側からは若狭富士、舞鶴側からは丹後富士。出来れば廃道となっているという他の道もヤブの弱まる季節に歩いてみたい。


青葉山今寺道の地図
今寺から
西峰の地図

★今寺道
参考時間・・松尾寺駅-0:50(新道)-松尾寺-0:20-今寺-0:40-新旧分岐(殆ど林道終点と同じ)-0:30-西峰

 二回目の青葉山も松尾寺駅から徒歩で登った。駅の裏に回ってまずは前回寄らなかった岩室稲荷を拝観。参道脇には旧日本軍関係の寄進による石玉垣が建てられているが、一部は字が削られたりしている。山上には社と巨岩がある。雲の湧く姿をした巨岩で注連縄が張られている。折からの濃い霧と相俟って神秘的な雰囲気であった。巨岩の奥から階段の下ノ谷へ下りる踏み跡を辿ったが荒れていた。

 沿道の家屋の屋根には様々な鬼瓦があり、この地方の伝統を感じる。特に入母屋造りの二の鬼の位置に多様なモチーフがあり面白い。箱冠瓦の上に鷹や桃(はじめは擬宝珠かと思ってた)はよく見かけるが、河豚や大黒天があったのが面白かった。

 今回は松尾寺までは新道を歩いた。松尾寺門前の無人市もこの季節は何も置いていない。周囲の畑を見るに自家用にはまだいろいろあるようだが、冬場には無人市で購入する客の数も減るのだろう。松尾寺を拝観して今寺へ向かう。


松尾寺

要塞の標柱

 今寺の突き当たりは観音堂で古い仏像が安置されている。朽損仏1)と呼ばれるその古び具合に村の外部の者としてどう対応したらよいのか、一瞬困ってしまう。しかし、観音堂自体は簡素ながら手入れされ続けている普通の雰囲気で温かいものがある。観音堂の東隣に熊野神社がある。建物も古びており苔むした石段で、こちらもよい雰囲気だ。熊野神社の門前には旧日本軍が立てた舞鶴要塞の標柱があった。青葉山が戦争のために立入を規制された頃を感じさせる。何やら当時の敵性文字も彫られているが、本当に戦争とはおろかなものだと思う。現代において青葉山に自然豊かな山として人気が有るのは要塞地帯として余人の立ち入りが規制された期間が長かったことも理由としてあるのかもしれないが、もう青葉山のような良い山の様子を口にするのも憚られるような時代が来ないことを観音堂と熊野神社にて祈る。

 熊野神社の前から林道を登っていくと電源立地対策と書かれた真新しいキラキラした上水設備があった。青葉山に登れば見えるのは高浜原発である。高浜原発の電気を消費しているのは主に太平洋側の都会なのに原子力発電所は日本海側のこの地に建てられる。

 大きな砂防ダムの下で谷を渡ってすぐに今寺道の旧道分岐がある。舗装された林道はそのまま標高400mあたりまで車で入れるようだ。


今寺観音堂 初訪時

旧道分岐

ヤブっぽい部分は短い

谷の左岸を登る

巨岩が転がっている

道の様子

 旧道分岐から幅の広い土の道で谷の右岸を進み、すぐに立派な杉並木がある。杉並木が終わると植林された田圃の跡のような石垣が続いている。谷の真ん中の巨岩に突き当たるところ(標高290m付近)で幅広の道は終わっていて、踏み跡が巨岩の後ろに回り込んで続いている。巨岩の後ろで谷の左岸に渡り、しばらくは雨裂のような道で岩が露出している。周囲は蔓性植物のヤブで覆われてハッキリしない道だ。まもなく一度小さくジグを切り、完全に杉の植林下に入ってヤブはなくなる。道は左岸の斜面をトラバースするように一定の傾斜で登っていく。左側に見下ろす谷底には巨岩が散在している。青葉山の山腹にはアチコチに集塊岩の巨岩が転がっている。山体崩壊の跡として今の険しい青葉山の姿があるのだと思う。

 地形図にある西峰と東峰の鞍部に向かう右への分岐は確認できる。しかし、どこまで登って行けるかは確認していない。

 標高380m付近で道は谷に合流し、二股になっている間の尾根に取り付く。尾根を登っている途中、左股の源頭で水が汲めた。道は途中で西寄りに切り替えられている雰囲気で、もう少し東に進む昔の道があったのではないかと感じた。後半直登気味の急傾斜となり標高420mの平地の窪地に出た。ここは少し開けていて雪の上にウサギの足跡が多かった。南西向きに進路を変え尾根に上がるとすぐに林道終点からの道と合流する。明るくてきれいな尾根だ。振り返ると青葉山西峰の岩場が見える。


林道終点

林道から
すぐの辺り

上部は植林の
急斜面

桟道が
付けられている

 林道終点からの道はすぐ下で階段で林道とつながっている。林道終点には駐車スペースがあった。

 林道終点からの道と旧道の合流したすぐ先で杉の植林となる。地形図から見ても想像の付く急斜面をひたすらジグザグに登っていく。杉の植林で中は暗いが雪は少なかった。岩場などはなく土の道が続いて、上部では木の桟道が掛けられた部分がある。桟道は古いもののようだ。大分、土と同化している印象を受けた。

 青葉山妙理大権現の少し東で尾根に上がる。登りついた所から山中の集落と内浦湾が見下ろせる。西峰から白山が見えた。白山の右により白く、より遠く見えていたのはどこの山だったのだろうか・・・?北アルプス?



杉の老木

★稜線
参考時間・・妙理大権現-0:05-西峰-0:25-東峰

 青葉山妙理権現の西側に石灯籠があり、そのすぐ西の脇に山中方面へ続くかと思われる昔の路盤があった。すぐ先で路盤は小さく落ちており進めなかったが、その先にも古い路盤がつながっているのは見えた。青葉山西峰の北西稜は広く緩やかなので、内浦道(山中からの道)の復活も出来ないわけではなさそうに思う。杉山の大杉神社裏手の道が標高420mまで地形図上に載っているのも内浦道の一部ではないかと想像してみたりする。

 5月に訪れた時に床と壁の一部のなかった西峰山頂休憩舎には、床と壁が入って修復されていた。

 ここ数日、縦走した人は居なかったようで東峰への縦走路の雪面に足跡は無かった。松尾から西峰へ登ってきた足跡も一人分しかなかったが。梯子はまだ雪に覆われていなかったが、縦走路が山の北面に絡む箇所では部分的に膝程度の吹き溜まりがあった。前回の登山時には気が付かなかった巨木などを見つけて嬉しい。最低鞍部付近では北東に向けてトラバース気味に昔の道の跡があるような気がしたが、そこから下っても麓に人家は無いので気のせいだっただろうか。牛の背の東の巨岩帯では登山道からは30cm程度の小さな隙間にしか見えていなかった岩の間が、覗き込むと中で大師窟並に深さと広さがあったりして驚く。木々の葉が落ちて、薄い積雪で中まで明るいから気が付けた。

 東峰山頂では、祠の南側のヤブがすっかり葉を落としており夏よりも明るい印象。


舞鶴湾
建部山

南西方
>弥仙山

岩に穴を直接開けて
綱を通している
西峰山頂の岩

青葉山中山道の地図1
金比羅権現から中山方面への地図

★中山道
参考時間・・東峰-0:45-登山口-0:05-中山寺-0:45-青郷駅

 東峰を往復した一人分の足跡があった。下り始めは北面を絡んでいるので雪が少し深い。馬の背の巻き道(北側)下方から水音がした。沢筋には雪が積もっておらず、そこそこの水が流れているようだ。夏には感じなかった水場への路盤もすっかり雪で覆われていると有るような気がする。あまり当てに出来ない水場として書いているガイドブックもあった。

 小さなアップダウンを繰り返して金比羅権現。金比羅権現の前は広場になっていてベンチがある。地形図(2009年現在)ではここに高野からの道が合流している。5月に訪れた時は全く分岐の雰囲気を感じなかったが、今回すっかり葉の落ちたヤブの中を覗き込むとヤブの奥に古い道標のようなものが落ちているのが見えた。数十年前にはここで合流していたのかも。

 夏場には少しヤブで見通しの悪かった展望台もこの時期は本領発揮。空気も澄んでいたので大島半島東岸の岩のヒダ・青戸大橋までよく見えた。その下のテレビ局のアンテナが立て替えられていた。その周囲がすっかり伐採されて展望台より展望が良かったのは皮肉だ。電波を広い範囲に飛ばさなければならないのだから展望がある地点に建てられるのは当然だが・・・。


雪の上の
青い獣の糞

高浜町と
大島半島方面

分岐の
小山

 暗い杉の植林下で、道沿いに巨岩が多い。高野分岐の南側の丘は流れ山でないかと思う。傾斜が緩くなってもやはり巨岩が目に付く。このあたりでほぼ雪がなくなった。このあたりはヒノキの植林。ペコペコのフードパックに穴を開けて髪の毛を詰め込んだものがブラ下げられていて驚く。ネット検索するとヒトの臭いで熊除けとか猪避けとかいろいろ出てくるが、ヒノキにばかり下げられていたようなのが気になる。現地ではヒノキの害虫寄せかと考えて中を少し漁ってみたが虫は入っていなかった。

 標高200m付近の道の山側に作業小屋があり、小屋の前を通って斜面を南にトラバースするような木道があった。麓の青少年旅行村の昔のレクリエーション施設の一部かと想像してみる。この小屋の下ですぐに竹林となる。竹林の出口はまた石垣の中の若く低い植林の中だが、梅や柿、棕櫚と言った里の庭先に植えられる木もある。昔はこの辺りまで中山の集落が広がっていたのだろう。


巨岩転がる

髪の毛弁当箱

登山口付近は竹林

クラマゴケの道
青葉山の中山登山口から青郷駅までの地図2
青葉山の中山登山口から青郷駅までの地図2
中山寺から青郷駅への地図

 車道に下りて左に進めば青葉山青少年旅行村で駐車場やキャンプ場があるようだが、車もテントも無いので道路を横断して更に下山する。竹林の中の古い農道である。静かで良い道である。もう上に家も畑もないのでハイカーしか歩かないのであろうが、昔は荷車を押す人などが往来したと思われる。路面にはクラマゴケが茂っている。

 途中で青葉神社への分岐がある。僅かに登って青葉神社。すごく静かだ。このあたりの神社は積雪の為に覆い屋のある社殿が多く、ここもそうした社殿である。青葉神社の向こうはすぐに中山寺の墓地。元に戻って更に進むと中山寺への分岐があり、古い土蔵の軒先を掠めて中山寺に入る。近年、桧皮が葺きかえられたばかりという中山寺の本堂が美しかった。

 中山寺門前から小和田を経て直接青郷駅に向かう地形図に記載されていない(2009年末現在)新しい農道があった。六地蔵など、石仏の多い道だ。小和田集落に下りると大きな農家の家が多い。農家の間の細い路地をまっすぐ進んでいくと、すっかり直線化された関屋川を渡り、国道までは出ずに青郷小学校の境界をなぞって旧丹後街道。青集落は関屋川の本流の横に位置しながら畑が多く、水はけ良く人の居住に適していた地だと感じた。


髪の毛弁当箱
連なる桧林

森から
出てきた

登山口
下手は中山寺へ

青葉神社

中山寺 山門

行者岩から青郷

参考文献
1)高浜町郷土資料館,青葉山麓のみほとけたち 里の祈りと仏,高浜町郷土資料館,1998.



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(2010年2月6日上梓)