![]() 桟の石垣 |
![]() 桟の上の山 かけはし大橋から |
木曽の桟 上の山道
(推定中山道正保四年暫定山越え道)
文化2(1805)年の木曽路名所図会の上松の図版中に「むかしは上の山に街道ありて桟道には鎖にてつなぎわたせし也」とあり、児玉幸多(1986)は新後拾遺和歌集の源頼貞(土岐頼貞;1271-1339)の歌「雲も猶下に立けるかけ橋の遥かに高き木曾の山道」を挙げ、この歌より木曽の桟は「高い所にあった橋と理解されていたことがわかる。」としている。この源頼貞の歌は類字名所和歌集で、今の神坂峠である御坂が類題にあり上松町の桟(波計/波斗桟道)ではないとの見方もあったようである。また、慶長15(1610)年死没の細川幽斎の作とされる老の木曽越(玄旨法印道之記)に今の上松町の桟が「雲もなを下に立けると聞へ侍れは、むかしは上の山にかゝりたるにや」と推測で有り、この推測が木曽路名所図会までに断定になったとも考えられそうである。
木曽路名所図会より200年近く古い慶長6(1601)年とされる前田慶次道中記には木曽川沿いの桟のみ登場し、大水で流失して往来が留まることがあったが豊臣秀吉の橋の整備で通りやすくなり皆喜んでいるとされており、これが事実なら以前の上の山道の存在は考えにくい。
木曽の桟の石垣は慶安元(1648)年の尾張藩による改修と石垣に彫られていると諸書にある。慶長6年より後で慶安より前に豊臣秀吉の改修による桟道が傷み大水などで通れなくなった際の迂回路として、石垣築造による抜本策をとる前に上の山に道が作られたが忘れられていたのでないかと考えていた。
旧記の中にそうした迂回路を整備したことが書かれていないか見ていた所、木曽旧記録に波斗橋が「正保四亥四月廿九日、人足共明松火取落置候と相見焼失也」とあって正保4(1647)年4月29日に人足が松明の火を桟に落として木造の桟が焼失し、「其年 尾張様御通行先に成付、上之山道拵立御差支無之と御留メニ有之」とあるのを見た。尾張藩主が近々通るから火事で不通となった木橋の時間の掛かる再建の前に上の山を迂回する道を造って問題が生じなかったと留め書きにあるということのようで、尾張藩主が通る為と言うことなら急造の道でもそれなりのものを作ったのだろう。木曽旧記録は幕末の頃の作なのでもう少し古い記録はないかと探してみると、通った尾張藩主の徳川義直の、享和2(1802)年頃以降まもなくにまとめられたと見られる源敬様御代御記録の正保四年四月廿九日条に「須原 御昼休、今晩福島おいて、山村甚兵衛宅御止宿」とあって正保4年4月29日に桟辺りを通過しており、「去ル廿二日之夜木曾波計橋焼失ニ付、替道造せ候旨、此月、山村甚兵衛より年寄中江相達之」とあって、失火による木橋の焼失は29日ではなく22日で、29日は義直の通行した日で、焼失後、7日以内で上の山道が急造されたことが分かる。まだ150年ほど前のことをまとめた記録ということになるので、正保・慶安頃の同時代の記録があるなら見たいと思うが、木曽路名所図会の昔は上の山に「街道」があったというのはこの辺りで納得しておく。木曽旧記録の文中の「上之山道」は文脈から見るに固有名詞とは取れないが他に適当な呼び方も思いつかないので当頁と下位二頁ではタイトルに「上の山道」としておく。
上松町誌に桟が掛かる前は沓掛から万路に山越えしていて、更に前は沓掛から高山に抜けていたとあり、正保4年の失火後の急造より前にも、いわゆる木曽古道の枝道としてや、山仕事で用いたり桟が落ちた時に迂回したりする細道はあったのだと思う。桟の石垣の上の急斜面の直上200mをトラバースする古い路盤もまた石垣の桟とは別の急斜面に懸けられた桟道であり、歩くと源頼貞の歌や「おそろしや木曽のかけ路の丸木橋ふみ見ぬたびに落ちぬべきかな」の空仁の歌を実感するので、或いは耕作可能地から長く離れて原野や宮ノ越や福島に寄らない木曽古道が平安後期のような早いうちから多少なりとも耕作可能地のある木曽川近くに付替を繰り返していたということなのかもしれないとも考えてみる。慶安元(1648)年の桟の石垣作りでは15mほど(八間)が木橋として残った。当代記にある文禄3年や慶長3-5年や、正保4年のような桟の不通時の迂回路として、寛保元(1741)年の全てが石の桟に成るまで上の山道も中山道の備えとされていたのでないかと考えてみる。
参考文献
秋里籬島,木曽路名所図会,大日本地誌大系 第12冊 諸国叢書 木曽之1,日本歴史地理学会,大日本地誌大系刊行会,1916.
児玉幸多,中山道を歩く,中央公論社,1986.
松原一義・鹿野しのぶ・丸山陽子,新後拾遺和歌集(和歌文学大系11),明治書院,2017.
村田秋男,類字名所和歌集 本文篇,笠間書院,1981.
玄旨法印道之記,新編 信濃史料叢書 第10巻,信濃史料刊行会,信濃史料刊行会,1974.
前田慶次道中日記,新編 信濃史料叢書 第10巻,信濃史料刊行会,信濃史料刊行会,1974.
国見正武,木曽旧記録,新編 信濃史料叢書 第1巻,信濃史料刊行会,信濃史料刊行会,1970.
深井雅海・川島孝一・藤田英昭,源敬様御代御記録 第4(史料纂集 古記録編),徳川林政史研究所,八木書店 古書出版部,2019.
上松町誌編纂委員会,上松町誌 第2巻 民俗編,上松町,2000.
史籍雑纂 當代記 駿府記,続群書類従完成会,1995.
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