ニペソツ山から見た 「おっぱい山」 |
ピリベツ岳(1602m)
東大雪の象徴(?)おっぱい山の片割れ。西クマネシリ岳とともに「おっぱい山」を為す。麓から眺めると愛称の通りと思うがニペソツ山などから見ると、尖り過ぎているような気がする。展望は西クマネシリ岳の方が良い。
西クマネシリ岳山頂の少し手前から分岐して縦走する。西クマネシリ登山道に付いては「夏山ガイド3巻」などを参照。
西クマネシリ岳からピリベツ岳方面に下っていく所に踏み跡があり、ピンクテープがいくつか見えている。鞍部までは滑りやすい泥斜面だ。鞍部から登山口の方の谷を見下ろすとヤブが殆ど無く、こちらから直接登ってきても良さげな気がする。
鞍部から先はアップダウンが意外にあり、草原状に草が生えていて、踏み跡は一部不明瞭な部分もある。
最後に段になった丘を登ると山頂だ。一帯は草原だが周りに高い木があり遠望は望めるものの木の間越しである。西クマネシリ岳だけでは物足りないという向きは是非。登り返しが多いので結構疲れた。
この山 国道273号線から |
美里別川の水源の山の意と思われる。頭の音が美里別では「びりべつ」で日本語での濁音、山の名は「ぴりべつ」で半濁音だが、美里別川もピリベツ岳もアイヌ語由来の地名であり、アイヌ語では p と b を区別しないので、アイヌ語の音を写したと言う意味ではどちらも正当である。標準的には p で記す。文字表記してこなかったアイヌ語に無理に漢字をあてない方が良いとした先人と、漢字をあてた方が日本国内の地名らしいだろうと考えた先人と、どちらの腐心も否定されるものではない。だが、ピリベツでもベは濁点と不統一で、閉音節末の音も同じ大きさで表記された日本語的なアイヌ語の写し方である。地元のアイヌの人が永田方正(1891)に話した、訳して「美水」でピリベツが「ピリカアンベ」の略語というならピリカは pirka なので、川の名では「リ」を小文字にして「ピリペッ」か「Pirpet」を「美里別川」に並記するのが望ましい。ピリベツ岳のアイヌ語の山名は旧記等に見ていない。
ピリベツという音はアイヌ語の par o pet[口・にある・川]の転訛ではなかったかと考えてみた。美里別川は、落ち口で本流である利別川の対岸に渡って、現在の道路なら国道274号線の本別大坂、川を道としていた時代でもその辺りの小沢を少し登ったら、浦幌川筋の平野に出る。ホンベツコタンの後身の本別町の市街地南半が口(par)そのものである。
松浦武四郎は安政5年に美里別川を「ヒリヘツ」とし、「本名はヒリカベツの転じ訛りしなり」としている。ピリペッと呼ばれながらピリカペッのように呼ばれた記憶もあったということなのだろう。par o pet とほぼ同義の par -ke o pet[口・の所・にある・川]の転訛であったと思われる。ピリカが pirka[良い]だったとすると、なぜピリベツと呼ばれるのかに説明が付かない。何が良いのかも分からない。
永田地名解は「ピリ ペ 美水 『ピリカアンベ』ノ略語ナリトアイヌ云フ然レドモ石狩アイヌノ詞ヲ以テ解スレバ渦流ノ水ト云フ義ニシテ鮭鱒ノ集ル好漁場ナリ」とする。ピリカアンベが音だけ中抜きされてピリペに略されたと考えるのは、札幌駅がサツエキになるより略し過ぎというものだ。勾配が緩く、水力発電で取水される前であっても利別川よりは小さくて、利別川本流とは見なされなかった美里別川で渦巻きが発生していたとは思えない。勾配が緩いのは利別川も同じで、利別川の美里別川落ち口付近でも常に確認できる渦はなかったのではないかと思う。何度か夏場に利別川を訪れているが、渦が出来るような水量の多い川だった印象はない。本別大坂を下りた少し上手の対岸で利別川に落ちる par -ke e- un pe[口・の所・の先・にある・もの(川)]とも呼ばれたことがあり、それの訛ったものがピリカアンベであって、ほぼ同義の par pe[口・の上(かみ)]がピリペと言うことではないかと考えてみたが、本別大坂と美里別川は利別川を挟んで岸が違う。
本別大坂の対岸に位置する美里別川を、大坂から下りてきて rere un pet[向こう・にある・川]といった転がピリペッかも知れないと考えてみる。但し、rer の、先行詞がない場合の長形の短い形は知里真志保の地名アイヌ語小辞典とアイヌ語入門から推定して辞典等に見ていないのでイタリックとする。日高の静内川支流のピセナイ沢は松浦武四郎の安政5年の記録に「リイセナイ」とあり、「其名義は本名ヒイセナイにして、むかし此処に土人鹿取り居て、鹿の糞袋を取り、それに油を入置しに、跡にて犬が喰てしまゐしと云によつて号る成」と説明されている。p と r で相通があったことが考えられる。n と y もアイヌ語入門に書かれる場合以外の交替があるようである。転じ訛る前だというピリカペッは rerke o pet[向こう・にある・川]でなかったかと。ピリカアンベは本別大坂の対岸から来ていることをはっきり言う par ko- an pe[口・に向かって・ある・もの]かも知れないと思う。ピリベッという音については更に考えたい。
本別町の名の元になったホンベツも par に関係した地名ではなかったかと考える。本別川は本別大坂と同じ岸である。山田秀三(1984)は「ポン・ペッ(pon-pet 小さい・川)の意。相当な川であるが、対岸の美里別川などと比較して小さい川と呼んだものか。」としているが、相当な川を pon pet と呼ぶのは苦しいのではないか。パンヌペッ par -na pet[口・の方の・川]の転訛がポンペッではなかったかと考えてみる。
参考文献
永田方正,初版 北海道蝦夷語地名解,草風館,1984.
知里真志保,アイヌ語入門,北海道出版企画センター,2004.
知里真志保,地名アイヌ語小辞典,北海道出版企画センター,1992.
松浦武四郎,秋葉實,戊午 東西蝦夷山川地理取調日誌 下,北海道出版企画センター,1985.
中川裕,アイヌ語千歳方言辞典,草風館,1995.
山田秀三,北海道の地名,北海道新聞社,1984.
田村すず子,アイヌ語沙流方言辞典,草風館,1996.
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