有明山
穂高有明から
有明山(2268.3m) 黒川沢道(行者道/表参道)

 有明山神社奥社への表参道。このルートは明治6(1873)年に堀金村の天明行者によって開かれたという。

行者道の地図★登山口〜白河滝

 黒川沢の左岸に付いている黒川林道の終点からすぐに右岸に渡り、概ね右岸を登る。白河滝までで右岸から離れるのは妙見滝の下手から妙見滝を見て本流のチョックストーンの岩を鎖場で越えるまでの短い区間である。尤も沢が荒れると変わったりするようである。黒川沢の名と裏腹に白い石ばかりの沢である。

 最初の右岸支流であるオオボク沢までは平坦な林間歩きである。オオボク沢を含めこの先横断する右岸支流に水は殆ど無い。オオボク沢を過ぎると次第に傾斜が掛かり、足元に岩が混じるようになる。続いて雪投沢、一帯は鬱蒼とした樹林となる。松川村で推している、あがりこ樹形のサワラの木も見られる。黒川沢はこの辺りでは伏流気味のようで沢音が少し静かである。標高1250m付近の山側には岩屋があって雨宿りできそうである。続いて畳岩沢。ここも殆ど水がない。道から沢筋を見上げると10mほど上に平たい一枚岩が見える。この岩が畳岩のようである。

 沢に下りて、僅かに荒れた河畔林の中の河原を進むと右岸(左手)に妙見滝が落ちている。見えているのは30m程度かと思う。巨岩に落ちる滝だが水はそれほど多くない。天明行者が水行したという荒崎滝は沢に下りるすぐ手前の黒川沢の左岸にあり、木の間越しになるので気付きにくい。荒崎滝も水の少ない滝で妙見滝よりやや低い荒れた岩盤を細い水流が走る滝である。妙見滝を後ろにすると黒川沢の傾斜もかかってくる。すぐにチョックストーンの巨岩が沢を塞ぎ、道は岩の右手に付いていて岩間を鎖と梯子でよじ登るが上の方では足場に水流が掛かっている。この岩を登ると上手にナメ滝があるが、この滝には特に名前はないようだ。このナメ滝を右岸(左手)から巻き、黒川沢は左に折れる。ナメ滝の頭から更に左岸の巨岩の岩礫帯に入る。岩礫帯の上に大規模な山崩れの跡が広がっている。この右手に白河滝がある。この滝もあまり水が多くない。山崩れの斜面の右の端に滝が落ちているような感がある。2014年8月現在、国土地理院の地形図の白河滝・妙見滝の位置の記載は黒川沢の上流側に誤っている。

 岩礫帯を、荒々しいのだが布袋様のお腹のような白河滝のお腹の高さまで登ってから滝壺まで下りる。黒川沢の対岸の草付き斜面に一筋の鎖が下がっているのが見える。白河滝は滝壺ではシャワーのように細かい滴となって少ない水が落ち滝壺は浅く小さく、そのまま河原地に水が潜ってしまっているので水が汲みにくい。最終水場とするには妙見滝の上のチョックストーンの上の辺りで汲んでおくべきだろう。


登山口

すぐに橋

はじめは平坦な道

石が増えてくる

岩屋

あがりこサワラ

畳岩?

荒崎滝

妙見滝

チョックストーン
右から

本流無名の
ナメ滝

山崩れの
ガレ場を登る

白河滝

★白河滝〜落合〜山頂

 高巻きから見えていた蜘蛛の糸のような斜面に吊り下がった鎖の鎖場を登る。鎖場だが岩場というわけではなく一部に岩の隠れた草付きの急斜面の崖である。有明山史にある「行かず帰らずの谷」というのはこの鎖場の上手の白河滝との間にあるルンゼのことだろうか。「行かず帰らず」は「厳つ(いかつ)・崩れ(くゆれ)・処(ど)」と言うことで、昔からひどく崩れていたのであろうこの辺りのことだとは思うのだが、「その谷」となると支流のどの谷だか分からない。黒川沢の白河滝辺りより上の本流の谷のような気もする。唐松岳の北の不帰險も「くゆれ(崩)・ど(処)・の・けら(滑りそうな急斜面?)」の転訛ではないかと思う。

 鎖に沿って上がっていくと次第に樹木が増えて、鎖が終わると狭い尾根の上となるが傾斜は緩まない。左手後方に黒川沢の白河滝より高くなると細い尾根上に霊神碑が幾つかある。白河滝の上に本流が延々と岩肌を晒しているのが見える。白河滝下から標高差200mを梯子やロープを交えて這い上がるように登って積み重なった石門をくぐるとようやく少し傾斜が緩む。石門には小さい祠があり、くぐった岩の隙間を透かして安曇野が見下ろせる。石門は人一人通れる程度に岩が積み上がってトンネルを為しているがザックを背負って通るのはなかなか苦しい。通った後、石門の上に上がるのも足場が少なく苦しい。

 石門を後に一旦緩やかになった尾根を更に幾つか霊神碑を見ながら進むと横に鎖の掛かった大岩に突き当たる。ここからしばし左にトラバースである。まず大岩を鎖に頼ってトラバースし、その後は笹藪の中の急斜面のトラバース道だがここにも梯子やロープのある激しいアップダウンがあり、道が細くなっており荒れている印象がする。谷を一つ過ぎて次の尾根の鼻からまた登り始め、それまでのルートに比べれば落ち着いた感のある笹に覆われた緩い窪地のような谷を詰めると馬羅尾コース・前山コースと合流する落合に到着である。

 落合からは道に笹が被るようなことは殆ど無くなるが、白河滝からの登り同様の猛烈な登り坂である。途中幾つか小祠や霊神碑があるが荒れている。落合からすぐの下手のカニの横バイ(剣の刃渡り)は5mほどの横岩に幅20cmほどの足場が一筋付いている所だが、高さがないのでその名ほどに恐れる箇所ではない。カニの横バイの上手に文字通り剣の刃渡りのような痩せ尾根上を通る箇所があるが、ヤブに覆われて崖が見えないので気付かないまま通る人も多いだろう。樹冠を抜ける顕著な岩場は二回あり、下手のものが獅子岩で上手のものが屏風岩か、どうもよく分からない。岩場の上からは安曇野や鹿島槍方面がよく見える。白河滝から山頂までの登りは梯子が多いが、登りと下りで道を違えて下りで古い梯子が朽ちていたらどうやって下りるのだろうと、想像すると空恐ろしくなる急な登山道である。八合目の右手の岩に金霊水の水場があったという。余裕が無く道標も見つけられなかったので確認できなかった。

 岩場の度に仰ぐ山頂が近づいて、銀色の避雷針を兼ねているという鳥居を見上げてようやく山頂である。鳥居の所は北岳で社は有明山社の奥社とのことだが、ここは東の安曇野側と北方しか展望がない。社の裏手からコメツガの森を抜けて三角点があるが、ここもそれほど展望はない。更に南へ足を進めて10分ほどの中岳の辺りが最もアルプス側の展望が良い。中岳には二つ社があり、北側の社の少し北に高さ3,4mの尖った岩があって道はこの岩のすぐ足元を通っている。中岳の北側の社から見ると烏帽子のように見えるこの岩が烏帽子岩のようである。中岳には更地があるが、ここに昔は社務所があったようである。更に道の細くなる稜線を南へ15分ほど辿ると奥の院だという南岳に達するが中岳ほど展望は広がらない。


長い鎖場の草付き

白河沢が見える

石門

安曇野が見える

大岩

落合へ笹の谷を登る

あまり広くない落合

カニの横バイ

梯子の連続

北岳の避雷針を
兼ねるという鳥居

北岳の裏手に入る

烏帽子岩

中岳はアルプス方面の
展望がある

参考文献
市川平八,有明山東面 忘れられたプレ・アルプ,pp72-74,220,岳人,東京中日新聞,1966.
倉田兼雄,信濃有明山史,信濃有明山開山天明講社,1974.



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(2014年8月10日上梓)