鈴岳の位置の地図
鈴岳の地図

hiroyasuさんのご報告 一筆書いていただきました。

鈴岳(矢玉)1637.7m

2004年10月23日 鈴岳に登る。職場の人と3名で…

 淀川入口に職場の人と朝8:30に待ち合わせをしていた。 自分は宮之浦からだったので,7時過ぎに家を出る。明け方は雨がぽつりぽつり車も少しぬれており,愛子岳も奥岳も雲に覆われていた。「奥岳はきっと雨だろう。今日は,中止かな?」と思いつつ車を走らせる。安房の町も今にも雨が降りそうな天気で,ますます中止の予感が強まった。

 ところがヤクスギランドの方へ行くと,雲がだんだん晴れてきてもしや……。淀川登山口に着く頃には見事な晴れ間が迎えてくれた。

 予定より少し遅れて淀川登山口を出発。地図上ではきちんと道になっているが,車で行くには道が荒れて四駆でも歩道終点まではちょっといけない。自転車でもきびしそうだ。先般からの台風のせいだろうか大きな倒木が2,3カ所,道をふさいでいた。が,人が通っているのだろう。わかりやすい道ができていた。鯛之川の橋の所に約30分でつく。橋の手前にはガードレールやミラーの跡,道路の側溝や側溝のふたの跡があり,やっぱりここは車道だったのだろうという感じだった。鯛之川の橋を渡ると10分ちょっとで林道終点についた。


林道終点
入山開始の辺り

 ここで地図,GPSを確認する。予定は南南西の方向に尾根沿いにまっすぐ進む予定だったが,入口がなかなか見つからずしばらく入口を捜す。適当なところから入山開始。方位磁針の方向を見ながら進む。入口の所は身体を低くしないと進めないが,それ以降は見通しもよく方位磁針で方向さえつかめれば何とかいける。途中,色あせたピンクの短いビニールテープが木に巻き付けてあったり黄色のテープがあったが途中だけだった。あとは方向を確認しながら進む。入山から1時間30分後,鈴岳手前ピークにつく。

 大きな2枚岩の間に小さな岩があり,「あっ。鈴の形をした岩だ。鈴岳についた!」と思った。大きな鈴をひっくり返して地面から半分見えているような感じだ。GPSで確認。鈴岳手前のピークだった。ここのピークの岩には2枚岩の間に手をつきながら簡単に登れる。そして待っていたのは宮之浦岳を中心に180度のパノラマの絶景だった!手前に尾之間歩道の稜線もきれいに見える。稜線の右手の方(雪岳の南斜面の方)は地肌が見え,白骨樹が露呈していた。


手前ピーク付近の鈴状の岩
(巨岩が鈴の外側で真ん中の小さいのが鈴の中の石)

 パノラマを堪能し,鈴岳(矢玉)に向かう。地図ではそこまで下らないと思ったが意外に下った。下ったところには左手に白く大きな平ぺったい岩があった。沢を2,3カ所渡り,尾根沿いに高度を上げる。50分で鈴岳(矢玉)につく。三角点があった。海側の方は視界が開けている。割石岳,破沙岳,モッチョム岳が見える予定だったが今日は山側の晴天と異なり,海側の方は雲に覆われており視界はゼロだった。

 再び,鈴岳手前ピークにもどり食事。1時間程ゆっくりして下山。いつも一緒に登山をしている人からもらったあったかいコーヒーがとてもおいしかった。14時下山。往路の尾根を間違え,GPSや地図で軌道修正しながら歩道終点へ。途中から往路の時にあったピンクの短いビニールテープをみつけ,それをたどると入山したときの入口とはちがった少し手前の所までテープが伸びていた。


三角点
標石

鯛之川北側の森は荒れている
台風で吹き上げられた
海水による塩害かと言われる

北方、左から宮之浦岳、
投石岳、安房岳、翁岳

北東方、左から石塚山、
花折岳、太忠岳

参考時間:淀川口-0:33->鯛之川の橋-0:15->林道終点-1:30->手前ピーク-0:52->鈴岳三角点(山頂)-0:29->手前ピーク-1:10->林道終点-0:40->淀川入口


★山名考

 hiroyasuさんは鈴状の岩がある「岳」ではないかとされているが、近傍に「鈴川」と言う川があるので、その川の水源の岳の意かと思われる。山の名の多くは川の名が先で、その水源と言うことで山の名となる。上屋久町歴史民俗資料館蔵の「屋久島大絵図」1)には現在の鈴川に「鈴木川」と振られ、鈴岳と思しき位置に山の名は見当たらない。

 鈴川は「すすこ」と呼ばれている。鈴を屋久島方言で「すす」と呼ぶのかはよく分からないが、とりあえずそう考えておくとして、鈴木川の「すすき」の最後の母音が方言で脱落し、「すすっこ」を経て「すすこ」になったか。


矢玉の滝の位置推定図

 鈴木川の名に木は恐らく関係ない。鈴木を「筋交い」の訛りと考えてみると、蛇之口滝の所で両股が交わっているが、命名点とするには奥に過ぎる気がする。「注き」で「水が激しく流れ出る」とか「(水が流れ出て)ザワザワと音を立てる」意味かとも考えてみたが、谷底にあって目に付きづらく、水量が多さが気になる川というわけでも無さそうである。「煤く」の連用形「煤け」で、やせこけたりやつれているような姿かと考えてみたが、沢登りの記録など見ると水量は普通にあるようで、やせこけているという感じでも無さそうである。

 滝の上部に広大な岩盤の露出した斜面のある蛇之口滝の名は「ジャヌケ・処(ト)」滝の転訛と考えている。屋久島大絵図にある蛇之口滝らしき「行廻」は、蛇之口滝上部を覆っていた表土がジャヌケで滑り落ちて蛇之口滝の滝壺の辺りに溜まっていた「ウキ(泥)・ウメ(埋)・イシ(石)」で、水の少ない蛇之口滝前面の岩を指していたと考えている。鈴木川や行廻が名づけられた頃は、このジャヌケの泥で鈴川の水が恒常的に濁り、すす色になって黒ずんでいた「煤け川」が鈴木川の語源でなかったかと考える。今の蛇之口滝の下に泥はなく、鈴川も清冽である。泥は屋久島の大量の雨水で既に完全に流されたと考える。鈴木川も行廻も字面では意味が分からないので、屋久島大絵図の書かれた江戸時代前期も既に泥は無かったのではないかと思う。

 鈴川は、鈴木川の他に動詞の「煤け」でなく、名詞で修飾して水が黒ずんでいることを言った「煤川」とも呼ばれていて、鈴木川が約まったのではなく煤川がそのまま「すすこ」の音になっているのかも知れないとも考えてみる。

 次に矢玉について考える。

 山名としての矢玉は国土地理院発行の地形図にはないが、加藤数功(1936)・(1937)にあり、登山地図などに見られる5)6)7)8)

 屋久島大絵図には、鈴岳近傍と思しき位置に「やさまのひら」と振られていた。川沿いの地名のような印象の位置である。

 「矢玉」の元が「やさまのひら」の「やさま」と思われる。地名用語語源辞典によると、サマは薩摩方言で地名において場所などを示す接尾語としての使用が考えられる9)という。有様(ありさま)、悪し様(あしざま)などという場合のサマである。

 「ひら」に関して現代人は、平(ひら/たいら)の字義に引かれて平坦な場所をまず連想してしまうが、地名としては古事記に登場する黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)に代表される傾斜地などを指す用例の方が多いと思われる9)という。江戸時代の紀行文でも桟道を巡らす様な立った山の斜面を「片平」と書いている例が見られる。薩摩方言ではその流れで、「ひら」は「崖」を意味する9)という。屋久島方言では鹿児島方言と異なり、ザ行音とダ行音の混同が見られ10)11)、その方向はザ>ダである(座布団[dabuton]など)12)13)。薩摩方言語彙として連濁した「やざま」が屋久島方言の音声で「やだま」と聞かれ、矢玉の字が宛てられたものと思われる。屋久島方言の語彙は薩隅方言の俚言と共通したものが90%を占める14)と言う。

 鈴川上流域で顕著な崖と言われてまず思いつくのは蛇之口滝である。蛇之口滝のある鈴川左股は鈴岳に突き上げている。「やざま」の「や」とは文字通り一直線に進む「矢」で、「矢玉」の意味するところは鈴岳の別名ではなく、「矢玉のヒラ」=「やさまのひら」で、蛇之口滝が一直線に鈴岳の斜面において崖をなしている、「矢のような崖」と言う意味ではなかったかと考えた。

 だが、資料15)16)を見ていると、「矢玉の滝」と言う滝が蛇之口滝より上流の鈴川右股右岸にあるようである。「矢玉の滝」は尾之間歩道から見えたりしたよう15)である。自分が尾之間歩道を歩いた時や割石岳に登った時は気付かなかったが、改めて衛星写真(GoogleEarth)で鈴川左股(マサキ川)を見てみると、標高610m辺りに落ちる右岸支流に、蛇之口滝よりは細いものの長く標高差の大きい滝場が見て取れる。ここが「矢玉の滝」であり、「やざまのひら」ではなかったかと考える。この滝のある沢筋の頭と言うことで「矢玉」が山の名となったものか。

参考文献
1)屋久町郷土誌編さん委員会,屋久町郷土誌 第1巻 村落誌 上,屋久町教育委員会,1993.
2)中田祝夫・和田利政・北原保雄,古語大辞典,小学館,1983.
3)加藤数功,屋久島の山岳,九州山岳 第1輯,新島章男,朋文堂,1936.
4)加藤数功,九州山岳の高度標に就いて,九州山岳 第2輯,新島章男,朋文堂,1937.
5)三穂野善則,屋久島山岳概念図,海上アルプス 屋久島連峰,遠崎史朗,雲井書店,1966.
6)立石敏雄・松本征夫,宮之浦岳,日本山岳地図集成 第2集 中部山岳(南部)九州編,小学館,1981.(松本氏の名の一文字目は旁に「正」を二つ重ねるが表示されないことが多いようなので失礼ながら異体字の「征」としておく)
7)太田五雄,屋久島の山岳,八重岳書房,1993.
8)太田五雄,屋久島 宮之浦岳(山と高原地図59),昭文社,(2004).
9)楠原佑介・溝手理太郎,地名用語語源辞典,東京堂出版,1983.
10)杉藤美代子,ザ行音・ダ行音・ラ行音の混同地域の全国的分布と混同の実態,日本語の音(日本語音声の研究3),和泉書院,1996.
11)杉藤美代子・日比信子,ザ行音・ダ行音・ラ行音の混同地域の全国的分布と混同の実態,pp1-15,18,大阪樟蔭女子大学論集,大阪樟蔭女子大学,1981.
12)上村孝二,屋久島方言の研究 ―音声の部―,九州方言考5 鹿児島県(日本列島方言叢書27),井上史雄 他,ゆまに書房,1999.
13)上村孝二,屋久島方言の研究 ―音声の部―,pp35-60,2,文学科論集,鹿児島大学法文学部,1966.
14)上村孝二,屋久島方言の研究 ―語彙の部―,pp111-148,3,文学科論集,鹿児島大学法文学部,1967.
15)野村由和,行く沢の流れは絶えずして,pp18-19,24,生命の島,屋久島産業文化研究所,1992.
16)村松昭,屋久島散策絵図(散策絵図シリーズ1),アトリエ77,1995.



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(2004年11月4日上梓 2009年11月27日補記 2017年8月2日改訂)